
文=本田裕暉 (音楽学・音楽評論)
「ASM Forte Forward」シリーズについて
今年2026年はヴァイオリニスト、アンネ=ゾフィー・ムター(1963~)にとってデビュー50周年の節目の年にあたる。それを記念して、ムター自身のプロデュースによる新録音シリーズ「ASM Forte Forward」が始動。Alpha Classicsとのコラボレーションによる本シリーズにおいて、ムターは同時代の音楽に光を当てており、4月にリリースされた第1弾『イースト・ミーツ・ウエスト』では、東西を代表する4人の作曲家たち——イラン出身のダルヴィシ、韓国のチン・ウンスク、ドイツのヴィトマン、そしてイギリスのアデスの作品が取り上げられた。
シリーズ第1弾
『イースト・ミーツ・ウエスト』

イースト・ミーツ・ウエスト
〔アフタブ・ダルヴィシ:リクー,チン・ウンスク:グラン・カデンツァ,イェルク・ヴィトマン:スタディ・オン・ベートーヴェン,トーマス・アデス:エア〕
アンネ=ゾフィー・ムター,ナンシー・ゾウ,イェウン・チェ(vn)ムリエル・ラザヴィ(va)パブロ・フェランデス(vc)ステファニー・ゴンリー(ゲスト・リーダー)トーマス・アデス指揮ロンドン交響楽団
〈録音:2023年2月~25年6月〉
[アルファ(D)NYCX10583]CD
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キャリア初期の1986年に、現代音楽の庇護者パウル・ザッハー率いるコレギウム・ムジクムとともにルトスワフスキ《チェーンⅡ》を初演し、自身にとって「新たな時代の幕開け」を迎えたというムター。以後40年にも及ぶムターと現代音楽のつながりについては、上記『イースト・ミーツ・ウエスト』所収の小室敬幸氏による解説文に詳しく記されているので是非そちらをご一読いただきたいのだが、同ブックレットでも触れられているように、ムターにとって現代音楽は、慈善活動と並んで重要な「人生におけるテーマ」なのだという。
プレヴィンがムターに捧げた《ヴァイオリン協奏曲第2番》
去る8月21日には、さっそく本シリーズの第2弾『アメリカン・チューン1』が登場。今回は、かつての夫であり、よき音楽の友でもあったアンドレ・プレヴィン(1929~2019)の手による2作品と、セバスチャン・カリアー(1959~)の《着信音変奏曲》が収められている。
ムターとプレヴィンが結婚したのは2002年8月1日のこと。当時39歳のムターと73歳のプレヴィンは、それぞれの演奏活動や作曲活動で多忙を極めており、2006年には離婚してしまった。しかし、その後も両者の関係は続き、プレヴィンは死の前年に書かれた《The Fifth Season》(2018)に至るまで、じつに7作品をムターのために作曲している。
本盤に収められた《ヴァイオリン協奏曲第2番》(2010)もこの時期の所産であり、三管編成のオーケストラを必要としたヴァイオリン協奏曲《アンネ=ゾフィー》(2002)とは対照的に、独奏ヴァイオリンと弦楽合奏、ハープシコードという小規模な編成で書かれている。伝統的な三楽章構成の各楽章間をハープシコードのソロによる間奏曲が橋渡しする個性的な作品であり、編成面ではバロック音楽を思わせる一方、響きの点ではプレヴィン独自の多彩を極めた世界が広がっており、聴いていて飽きることがない。ムターの安定感抜群のソロはもちろんのこと、アンネ=ゾフィー・ムター財団の若手奨学生らによるアンサンブル、ムターズ・ヴィルトゥオージの表情に富んだ弦楽合奏もじつに鮮やかだ。
現代音楽初心者にもおすすめしたい2作品
他方、《ピアノ三重奏曲》(2009)は、かつてムターとプレヴィン、リン・ハレルによってカーネギーホールで初演された作品。コルンゴルトらの音楽を髣髴とさせるロマンティックな調べが要所に顔を出す親しみやすい室内楽曲であり、ランバート・オルキスの静謐なピアノに支えられながらムターとダニエル・ミュラー=ショットがしなやかな二重唱を奏でてゆく第2楽章はとりわけ味わい深い。
カリアーの《着信音変奏曲》(2011)はヴァイオリンとコントラバスのための二重奏曲。財団の奨学生で、スロヴァキア出身のコントラバス奏者、ロマン・パトコロ(1982~)のためにムターが委嘱した本作は、ムターが大切にする「慈善活動」と「現代音楽」という二つの軸を象徴する楽曲である。その名の通り、着信音を思わせる音型と両楽器間の対話によって進んでゆくどこかユーモラスな作品で、演奏時間も12分ほどと比較的コンパクト。現代ものはちょっと苦手、というリスナーの方にも是非チャレンジしてみていただきたい1曲だ。

アメリカン・チューン 1
〔アンドレ・プレヴィン:ヴァイオリン協奏曲第2番,ピアノ三重奏曲,セバスチャン・カリアー:着信音変奏曲〕
アンネ=ゾフィー・ムター(vn)ダニエル・ミュラー=ショット(vc)ロマン・パトコロ(cb)ランバート・オルキス(p)クヌート・ヨハンネセン(cemb)ムターズ・ヴィルトゥオージ(弦楽合奏)
〈録音:2014年11月,25年6月〉
[アルファ(D)NYCX10606]CD
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協力:ナクソス・ジャパン

