川口成彦の「心の旅」〜3台のフォルテピアノで綴る、ベートーヴェンへの私的オマージュ

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ベートーヴェンとの旅路
〔バガテルOp.119~第1&9番,前奏曲WoO55,プレストWoO52,アレグレット・クワジ・アンダンテWoO61a,2つのロンドOp.51~第2番,ロンド・ア・カプリチョーソ《失くした小銭への怒り》,ピアノ・ソナタ ハ長調WoO51,バレエ音楽《プロメテウスの創造物》より(作曲者編),6つのエコセーズWoO83,ポロネーズOp.89,幻想曲Op.77,歌曲〈祈り〉(リスト編),交響曲第7番~第2楽章(カルクブレンナー編),エリーゼのために〕

川口成彦(fp)
〈録音:2025年2月〉
[シグヌム(D)JSIGCD1001(日本語解説付き国内仕様盤)]
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[Signum(D)SIGCD1001(海外盤)]
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文=青澤隆明 (音楽評論)

楽器を弾く喜びに溢れた、小品との綿密な対話

 ベートーヴェン没後200周年を前に、大作への登攀ではなく、私的なオマージュとしてアルバムを結ぶことも敬愛する者の自然な心の表れだろう。
 川口成彦は多彩なキャラクター・ピースを、ベートーヴェンとの「心の旅」として織りなし、3台のフォルテピアノで息づかせた。初期から後期にわたる諸作を鏤めたカレイドスコープの趣に、他者による編曲や補作も交えて。
 ハ長調ソナタWoO51、ト短調のファンタジアOp.77、有名なロンド・ア・カプリチョーソOp.129から、《プロメテウスの創造物》、交響曲第7番のアレグレット楽章(カルクブレンナー編)、歌曲〈願い〉Op.48-1(リスト編)まで選曲は幅広い。《6つのエコセーズ》や唯一作のポロネーズ、“ハンガリー風のロンド”たるOp.129では、当世風の異国趣味も顕れる。さまざまなかたちをとるなか、踊りも歌も、親愛も激情も、ユーモアも愛嬌も、敬虔さも祈りも聴こえてくる。
 イギリスのケント州で3台のオリジナル楽器を弾いた録音で、1795年頃製のローゼンベルガー、1825年頃のクレメンティのスクエア・ピアノを経て、26年頃のグラーフではロマン主義時代への傾斜もみせる3部構成。多種多彩な曲種を結ぶのは、作曲家の人間性と、川口成彦の演奏に宿る親密な情趣、そして調性的な関連の巧みさだろう。
 イ短調のバガテルOp.119-9に始まり、イ短調のアレグレット楽章とバガテル〈エリーゼのために〉で結ぶ。終曲にはアシュアウアー批判校訂による「1822年草案にもとづく版」を採り上げ、グラーフの豊かな響きを味わいつつ、感情移入たっぷりに聴かせる。クレメンティを弾いての中盤は、ハ長調のソナタとポロネーズで円環を結ぶ設計である。
 川口成彦のフォルテピアノ演奏の大きな魅力として私がまず思うのは、楽器を弾く喜びに溢れていることだ。種々の楽器との綿密な対話が演奏の愉楽を刻々と啓発していくなか、ここでは敢えてキャラクター・ピースを選んだことで、ベートーヴェンの創作中でも殊に人々に向けられた性格がより顕著に親しく表れ出る。直截な表情が素朴に映し出され、ベートーヴェンの身近な魅力が人懐こく聴こえてくる一枚だ。

協力:東京エムプラス

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