ここでは、最近発売されたリイシュー&BOX盤のなかから注目盤を厳選して紹介します。
ビーチャム、モノラル時代の全貌――ディーリアスへの偏愛が刻まれた53枚
先に出た「ステレオ録音全集」につづくもので、ビーチャムがHMV、コロンビア・グラフォフォンに残したモノラル期の録音を集大成した53枚組ボックスである。レパートリーはディーリアスへの特別な思い入れを感じさせるものを除くと、いたってオーソドックス。独墺系の王道レパートリーにフランス音楽やチャイコフスキー、シベリウスがちりばめられている趣である。ベルリン・フィルとの《魔笛》全曲やハイドンの交響曲などは、独特な魅力をたたえたチャーミングな演奏として、今なお楽しむことができるものである。バックスやバントック、ロード・バーナーズなどの作品が少しだけあるものの、エルガーやヴォーン・ウィリアムズの名前は見当たらず、英国音楽はディーリアス一色といってよい。ビーチャムにとってディーリアスは特別な同時代の作曲家だったのだろう。英国のもう一人の雄であるボールト(ディーリアスはほぼ録音していない)を意識していたのかもしれない。ここに収録されているディーリアス作品(ほとんどが初CD化。ダンス・ラプソディ第1番など、初出音源もあり)のなかでも、特に作曲家(1934年没)存命中の録音は、時代の証言といってよいと思う。ロンドン・フィルとロイヤル・フィルはいずれもビーチャムが創設したオーケストラで、この2つのオーケストラの草創期の録音を創設者の指揮で聴くことができるのもこのアルバムの醍醐味のひとつ。全体の3分の2に相当するトラックに、新たにHDリマスターが施されているとのこと。(T.N.)

トーマス・ビーチャム/HMV,コロンビア・グラフォフォン,モノラル録音全集 1926~1959
〔ハイドン,モーツァルト,ベートーヴェン,ビゼー,ディーリアス,R.シュトラウス,シベリウス,他の作品〕
トーマス・ビーチャム指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団,ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団,ロンドン交響楽団,BBC交響楽団,ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団,フランス国立放送管弦楽団,他
〈録音:1926年~1959年〉
[Warner Classics(M)2173262995(53枚組,海外盤)]
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「オペラ指揮者」ドホナーニによる、しなやかなメンデルスゾーン
クリストフ・フォン・ドホナーニ(1929.9.8~2025.9.6;享年95)追悼企画として、彼の数多くのウィーン・フィルとの名盤の筆頭格とも言える3枚分が(世界初)SACD化された。「レコ芸ONLINE」では、この名匠の追悼記事を満津岡信育氏に寄稿いただいているのでそちらもご再読されたいが、ここで改めて強調したいのが、彼のオペラ指揮者としての側面(ハンブルク国立歌劇場の来日公演では《影のない女》日本初演を指揮etc)。今回はメンデルスゾーンの交響曲なので一見オペラは関係なさそうだが、声楽の入る第2番はもちろん、4番、5番にも彼のオペラ指揮者としてのしなやかさ、ストーリーテラーぶりが十全に発揮されているように思う。《讃歌》の独唱陣ではまだ20代のグルベローヴァの声が聴けるのも嬉しいが、それ以上にヴェルナー・クレンの起用もオペラ指揮者ならでは。今回ちょっぴり惜しかったのがカンタータ《最初のワルプルギスの夜》が収録されなかったこと。この隠れた名盤(ドホナーニは12年後クリーヴランド管と再録音も行なっている)のリマスターも強くリクエストしたい。 (Y.F.)

メンデルスゾーン/交響曲全集
〔第1番、第2番《讃歌》、第3番《スコットランド》,第4番《イタリア》,第5番《宗教改革》,序曲《フィンガルの洞窟》,序曲《静かな海と楽しい航海》他〕
クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮ウィーンpo,ウィーン国立歌劇場cho,ソーナ・ガザリアン,エディタ・グルベローヴァ(S)ヴェルナー・クレン(T)他
〈録音:1976年6月~11月,1978年12月,1979年9月〉
[デッカ-タワーレコード(S)PROC2447~9(3枚組)]SACDハイブリッド
ベートーヴェンからマーラー、ブライアンまで――マッケラスの多面性
英国の名匠(と思いがちだが、実はオーストラリア出身の)チャールズ・マッケラスが、現在ワーナー・クラシックスに集約されている諸レーベル――パイ、EMI(HMV、Columbia Graphophone含む)、ヴァージン・クラシックス、エラート――に残した録音を集大成した63枚組ボックス。ここで指揮しているオーケストラは15団体にのぼる。マッケラスといえば、研究者としても評価されているヤナーチェクをはじめとしたチェコ音楽、モーツァルト等の演奏で名高いが、このボックスに収録されている作品を眺めてみると、非常に幅広いレパートリーを誇っていた指揮者であったことがわかる。ここにはベートーヴェンの交響曲全曲(《第9》のソリストに若き日のブリン・ターフェルがクレジットされている)やマーラーの《巨人》と第5番、《神々のたそがれ》の抜粋、《1812年》や《春の祭典》まである。ただしこうしたレパートリーは、当時のEMIの廉価レーベルであるCFPやEMINENCEのために録音されているので、特に英国では、マッケラスはとても重宝された指揮者であったのだと思う。英国で活躍した指揮者だけに、ディーリアスやエルガー、エリック・コーツ、ホルスト、ウォルトンをはじめとする英国音楽も豊富だが、貴重なのはブライアンの2曲の交響曲(第7、31番)だろう。もちろん、《シンフォニエッタ》やオペラ序曲集が収録された1959年録音のヤナーチェクの一枚もあり、こうしたレパートリーでのマッケラスの原点を知ることができて興味深い。コープランドの《静かな都会》など、初出音源も8曲収録。(T.N.)

チャールズ・マッケラス/ワーナー・クラシックス録音全集
〔ヘンデル,モーツァルト,ベートーヴェン,ドヴォルザーク,サリヴァン,ディーリアス,ヤナーチェク,他の作品〕
チャールズ・マッケラス指揮 イギリス室内管弦楽団,ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団,ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団,サドラーズ・ウェルズ管弦楽団,エイジ・オブ・インライトゥンメント管弦楽団,他
〈録音:1951年~2001年〉
[Warner Classics(M)(S)(D)2173262356(63枚組,海外盤)]
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ザンデルリングの貴重な再録音が初SACD化
クルト・ザンデルリングが西側のオーケストラと“単発”で行なった録音3曲が、タワーレコードより初SACD化された。エラートとテルデックという、彼とは馴染み深いとは言えないレーベルでの録音だが、旧盤が東側のオケとレーベルの録音であったことを思えば、後年このような再録音が残されたことは実にありがたい。
フィルハーモニア管弦楽団は、“ニュー”・フィルハーモニア管時代に首席客演指揮者を務め、のちに名誉指揮者の称号を贈られるなど、きわめて関係の深い存在で、旧EMIにはベートーヴェンの交響曲全集も残されている。同オケのマーラーといえば即物的なクレンペラー、あるいは表現主義的なシノーポリの演奏が思い浮かぶが、本盤は両者とはある意味対照的ともいえる、大らかな巨匠芸を堪能できる。ラフマニノフも、古今の録音のなかでも最もテンポの遅い演奏の一つで、息の長い雄大なスケールが聴きものだ。
一方、クリーヴランド管弦楽団との共演は、少なくとも録音としてはこれが唯一のものとなる。既出CDでは、ベルリン交響楽団との旧盤に比べて演奏の完成度は高いものの、線がやや細く、「クールな演奏」という印象だった。しかし今回のSACD化によって音に厚みが加わり充実感が高い。これでこそザンデルリングだよなあと思った次第。(M.K.)

①マーラー:交響曲第9番 ②ショスタコーヴィチ:交響曲第15番
クルト・ザンデルリング指揮①フィルハーモニアo ②クリーヴランドo
〈録音:①1992年1月 ②1991年3月〉
[エラート(タワーレコード)(D)TDSA10022~3(2枚組)]SACDハイブリッド

ラフマニノフ:交響曲第2番
クルト・ザンデルリング指揮フィルハーモニアo
〈録音:1989年4月〉
[テルデック(タワーレコード)(D)TDSA10024]SACDハイブリッド
シカゴ響全集とは異なる独特の魅力を放つ、ショルティ1960年代のマーラー!
ショルティのマーラーといえば、シカゴ響との全集を(あの、作曲家と指揮者がにらめっこしているジャケットと共に)イメージされる方が多いと思うが、約50年前のLP時代、ショルティの最初のマーラー全集は半数の5~8番+大地の歌がシカゴ響(録音1970~72年)、他の1~4番・9番がコンセルトヘボウ管(4番のみ)&ロンドン響という構成だった。今回うち第1~3番が世界初SACD化され、近々残りの2曲もSACDリリース予定とのこと。個人的には、単に昔を懐かしむ意味だけじゃなく、60年代録音の5曲の、ちょっと粗削りだが勢いがあるマーラー演奏が妙にクセになってずっと愛聴してきたので、それがSACD化されるのは随喜の朗報だ。オーケストラの差異、壮年期の(例の「カルショー・リング」の時期と近接している)ショルティの棒の若々しさもあるのだが、まだマーラーが全世界を席巻する以前の先駆的録音である(北米大陸でバーンスタインが全集録音に取り組んでいた時代と重なっている)点でも興味が尽きない。 (Y.F.)

マーラー:交響曲第1番《巨人》,同第2番《復活》,同第3番
ゲオルク・ショルティ指揮ロンドンso,同cho,アンブロジアン・オペラcho,ワンズワース少年cho,ヘザー・ハーパー(S)ヘレン・ワッツ(A)
〈録音:1964年1月~2月,1966年5月,1968年1月〉
[デッカ-タワーレコード(S)PROC2444~6(3枚組)]SACDハイブリッド
グルダ×コリア×アーノンクール。奇跡の名テイク
絶妙なバランスで成り立っている、いまにも壊れそうなスリーピース。ロックにはそういうバンドがいくつか浮かぶけれど、クラシックの、とくに録音芸術においてそれを挙げるなら? テルデック原盤の当盤ディスク2、モーツァルトの《2台のピアノのための協奏曲》は大編成とはいえ、その1つにじゅうぶんに相当すると思う。保守的なウィーンの楽壇をかき乱していたグルダ、ジャズを軸足としながらジャンル越境的な語法を開拓していたコリア、古楽界の冒険家にしてモダン・オケのコンセルトヘボウ管などへの客演を重ねるアーノンクール。正統と異端のはざまを羽ばたく三者が共演した一度きりの録音。「モーツァルト」のイメージが吹き飛ぶ、奇跡の名テイクである。帯に掲げられた2つの協奏曲はグルダとアーノンクールの共演で、併録の2台ピアノ作品はグルダとコリアのそれ。どれも貴重。実際に素晴らしいリマスターに期待して買うのもいいし、矢澤孝樹さんによる新規解説は、文学的にも資料的にも必読だ。(H.H.)

モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番&第23番,2台のピアノのための協奏曲,他(2025年マスタリング)
〔モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番《戴冠式》K.537,同第23番K.488,2台のピアノのための協奏曲K.365 (316a),チック・コリア:2台のピアノのためのファンタジー,フリードリヒ・グルダ:ピンポン〕
フリードリヒ・グルダ,チック・コリア(p)ニコラウス・アーノンクール(指揮)ロイヤル・コンセルトヘボウo
〈録音:1983年6月,9月〉
[ワーナー・クラシックス – タワーレコード(D)TDSA10025(2枚組)]SACDハイブリッド ※タワーレコード限定
モントゥー×ロンドン響、ラヴェル録音の真髄――デッカの鮮烈さとフィリップスの温もり
タワーレコードから、モントゥーがロンドン響を指揮したラヴェルのステレオ録音を集成したSACDが登場した。デッカ音源と旧フィリップス音源が組み合わされているが、なんといっても伝説的な録音エンジニア、ケネス・ウィルキンソンによる《スペイン狂詩曲》と《亡き王女のためのパヴァーヌ》が抜群の音質を誇る。現代でも通用する細部の鮮明さと、「ボディがある」と言いたくなる芯の太いオーケストラ・サウンド。比較してしまうと同じデッカ録音でもアラン・リーヴの《ダフニスとクロエ》は十分素晴らしいにもかかわらず、若干薄っぺらく感じてしまうほどだ。《ボレロ》他の旧フィリップス録音は、同じ指揮者、オケとは思えないほど趣きが異なる。デッカ録音にくらべ鮮烈さには劣るが、暖色系の音色は紛れもなくフィリップス・トーン。《マ・メール・ロワ》にはぴったりだ。(M.K.)

モーリス・ラヴェル:管弦楽作品集~ダフニスとクロエ、ボレロ 他
〔 バレエ《ダフニスとクロエ》全曲,スペイン狂詩曲,亡き王女のためのパヴァーヌ,ボレロ,バレエ《マ・メール・ロワ》全曲,ラ・ヴァルス〕
ピエール・モントゥー指揮ロンドンso
〈録音:1959年4月~1964年2月〉
[デッカ(タワーレコード)(S)PROC2450~1(2枚組)]SACDハイブリッド
ダイナミクスを解き放つ4面カッティング――プレヴィン《カルミナ》LP復刻
2種あるプレヴィンの《カルミナ・ブラーナ》のうち、ロンドン響との1974年録音が、ワーナー・クラシックスから140gのアナログLP2枚組としてリリースされた。1974年8月のプロムナード・コンサート(現BBCプロムス)において同じメンバーで演奏されたものの、バリトンのトーマス・アレンが演奏中に失神、ちょうど客席に居合わせた無名の歌手が急遽代役を務めたというエピソードが残っている。この録音はその3か月後に、回復したトーマス・アレンも加わってキングズウェイ・ホールで行われたもの。プレヴィン、クリストファー・ビショップ&クリストファー・パーカーという組み合わせによる1970年代のアナログ優秀録音のひとつで、彼らによるこの時期の録音の多くが、今なおさまざまな高音質フォーマットで再発売され続けているのはご承知のとおり。この《カルミナ》もSACDやHI-Q RECORDSのLPなど、さまざまな形のフォーマットが存在するが、今回のLP化では大きなダイナミックレンジと最適なバランスの効果が得られた1997年のリマスター音源が使用されているそうで、特筆すべきは約1時間の作品が2枚組4面にゆったりとカッティングされていること。針をおろすと鮮やかな音像が眼前に広がってくる。演奏と録音の素晴しさをあらためて認識させてくれるアナログ・レコード化といってよいだろう。(T.N.)

オルフ:世俗カンタータ《カルミナ・ブラーナ》
アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団,同合唱団,聖クレメント・デインズ小学校少年合唱団,シーラ・アームストロング(S)ジェラルド・イングリッシュ(T)トーマス・アレン(Br)
〈録音:1974年11月〉
[Warner Classics(S)2173281992(2枚組,海外盤)]LP
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Text:編集部
