【連載】トーキョー・モデュレーション 第19回/沼野雄司

トーキョー・モデュレーション連載
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もうひとりのアダムズが、もうひとつのアメリカを描く

少しでも立ち止まることができれば、アラスカであれ日本であれ、きっとそこに見えてくる風景は同じなのでしょう。
星野道夫『イニュニック—— アラスカの原野を旅する——』

 英語圏、とりわけアメリカでは、アルファベット3文字の略語が頻繁に使われる。BLTといえば「ベーコン、レタス&トマト」サンドウィッチのことだし、ETAならば到着予定時刻。TBAという略語に戸惑った覚えのある人も少なくないだろう。そういえば、高校生の頃に好きだったハードロックバンドAC/DCに《C.O.D.》という曲があって、まるでくだらない歌詞なのだが、軽快な曲調に加えて語呂がよいのでよく口ずさんでいた。

Call of a dog, cry of a bitch
The cream of a dream is the cause of the itch
Call on the doctor, cash on demand
If I get enough rope, might even hang

C.O.D., care of the devil
C.O.D., the devil in me
C.O.D., care of the devil
Care of the devil in me, yeah

 つまりは、いろいろな種類の「COD」が挙げられる中、結局は「Care of Devil(悪魔に宛てている≒悪魔に憑りつかれている)」というオチになるわけだ。デビルがどうとかいって喜んでいるあたりが実に「中2病」っぽいのだが、シンプルで愛嬌のある曲だと思う。
 一方、クラシック業界に目を転じると、3文字略語に出くわすことが比較的少ない。かろうじて思いつくのは人名のRVW、すなわちレイフ・ヴォーン・ウィリアムズくらいだろうか。あ、先日は指揮者のMTTが亡くなったか……。
 ここで問題。アメリカの音楽界でJLAと言ったら、誰のことだかお分かりになるだろうか(うっかり「日本中央競馬会」を思い出してしまったアナタは深く反省してほしい、それはJRAだ)。

AC/DCはオーストラリアのロックバンド。アンガスとマルコムの兄弟ギタリストが売りだったが、既にマルコムは世を去ってしまった。しかしなんど聴いても、あまりに能天気な曲である。

「JLA」をネットで検索してみると、日本図書館協会、日本ラクロス協会、日本ライフセービング協会などが引っ掛かるが、アメリカ音楽界でJLAといえば作曲家ジョン・ルーサー・アダムズ(1953~)のことに他ならない。
 レコ芸読者には蛇足と思うが、念のために言っておくと、あの《中国のニクソン》のジョン・アダムズではない。あちらはジョン・「クーリッジ」・アダムズ。もともと山本太郎的に平凡な名前だから(アメリカ大統領に2人いるし、作曲家には他にジョンD.S.アダムズという人がいる)、ミドルネームを入れないと混乱することになる。
 ちなみにクーリッジが1947年生まれ、ルーサーが1953年生まれだから、この2人は名前が似ているのみならず、年齢も割合と近い。日本の作曲家ならば、ちょうど近藤譲(1947~)と西村朗(1953~2023)の関係だ。ついでにいえば、ルーサーは時としてミニマル系の作曲家というカテゴリに入れられることもあるので、その意味でもけっこう紛らわしい。
 しかしこの2人、本質的にはまったく異なった音楽を書く作曲家である。その違いはさまざまな面で指摘できるけれども、ごく単純にいえばクーリッジがきわめて都会的でシャープな作風であるのに対して、JLAは巨大な自然に同一化する楽曲を書きつづけている。ものすごく好き、というわけではないのだが、わたしは長い間、彼の音楽が気になってきた。おそらく、それはもう一つのアメリカを見せてくれるからだろう。
 いったいにアメリカといえば高度資本主義社会の末路のような国であり、ジャズ、摩天楼、ハリウッド、シリコンバレー……みたいな連想をしがちだが、国土のほとんどは人っ子ひとりいない僻地である。主に北東部を車で走りまわったことのあるわたしは実感として知っているのだが、ほとんど暴力的なまでに茫漠とした大地の在りようは、さまざまな起伏に満ちたヨーロッパの地形とはまるで異なっている。何もないまっさらな土地の中に、離れ小島のようにポツポツと町がつくられているという印象なのだ。
「ニューヨーク生まれ」というミュージシャンやハリウッド俳優に出会うと、われわれはなんとなくマンハッタンの高層ビル群を脳裏に思い浮かべて「おお、生粋の都会人か」と思ったりするわけだが、ニューヨーク州のほとんどは、だだっ広い森が続く正真正銘の田舎である。マンハッタンだけが特別なのだ。なにしろ広大なニューヨーク州第2の都市であるバッファローでも、人口はたった30万人。わたしの住む三鷹市が人口20万人だから、たいして変わらない。

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