
IWGPそしてクラシック音楽の聖地、池袋
2025年は、テレビドラマ版『池袋ウエストゲートパーク』(以下IWGP)が2000年に放送されてから25年。
原作は、2024年に20巻目が刊行された石田衣良さんの連作短編集シリーズ「池袋ウエストゲートパーク」。東京・池袋を舞台に、家業の果物屋を手伝う20歳のマコト(真島誠)が、西口公園(東京芸術劇場の前)に集まる若者のトラブルを、公権力とアウトサイダーたちのはざまで解決していく、唯一無二のハードボイルド文学です。
IWGPを語るうえで忘れてはいけないのが、クラシック音楽そして録音芸術の要素! 主人公がCDを愛聴するシーンが折々に登場しています。そこで今回は、テレビドラマ版の原作にあたる初期2巻『池袋ウエストゲートパーク』『少年計数機』(いずれも文藝春秋)に登場する主なクラシック音楽作品を、最近の注目盤をまじえつつ、編集部がご紹介します。
※参考資料①:石田衣良『IWGPコンプリートガイド 池袋ウエストゲートパークSpecial』文藝春秋、2010年
※参考資料②:『「池袋ウエストゲートパーク」Classic Edition』[Warner Classics]ライナーノーツ
所収作品について
『池袋ウエストゲートパーク』文藝春秋、1998年 単行本 文庫版 電子版
「池袋ウエストゲートパーク」(「オール讀物」1997年11月号初出)
「エキサイタブルボーイ」(同1998年4月号初出)
「オアシスの恋人」(同1998年7月号初出)
「サンシャイン通り内戦」(書き下ろし)
『少年計数機』文藝春秋、2000年 単行本 文庫版 電子版
「妖精の庭」(「オール讀物」1999年9月号初出)
「少年計数機」(同1999年12月号初出)
「銀十字」(同2000年4月号初出)
「水のなかの目」(書き下ろし)
テレビドラマの各回について(編集部調べ。括弧内は主なベースとなる小説版の作品)
『池袋ウエストゲートパーク』(2000年4月14日~同年6月23日放映)
第1回 イチゴの回
第2回 ニンジンの回(ここまで「池袋ウエストゲートパーク」)
第3回 ミカンの回(「エキサイタブルボーイ」)
第4回 シイタケの回(「オアシスの恋人」)
第5回 ゴリラの回(「妖精の庭」)
第6回 6チャンネルの回(「少年計数機」)
第7回 洋七の回(ドラマオリジナル)
第8回 洋八の回(ここから「サンシャイン通り内戦」)
第9回 九州の回
第10回 十手の回
第11回 サムライの回
特別編 スープの回(後日談として2003年3月に放映。ベースは第3巻と第4巻に所収の「骨音」「東口ラーメンライン」)
弦楽セレナード(チャイコフスキー)
おれは家に帰るまえに、丸井の地下のヴァージン・メガストアに寄った。
生まれて初めてのクラシック売り場。クラシックはまったく聞いたことがない。
――「池袋ウエストゲートパーク」より
IWGPといえばチャイコフスキー《弦楽セレナード》! ストラングラー事件が描かれる第1作「池袋ウエストゲートパーク」でのことだ。ヒカルと出会ったマコトは、彼女が因縁を感じていそうなこの楽曲に興味を持つ。それからレコード屋の店員に、「お得だから」とデイヴィス盤をすすめられて、クラシック音楽にのめり込んでいく。果物屋の店先にあるラジカセで、ストラヴィンスキー《春の祭典》をボブ・マーリーと交互にかけているシーンもある。やばい花が芽吹きそうだ。

『チャイコフスキー&ドヴォルザーク:弦楽セレナード』
コリン・デイヴィス(指揮)バイエルン放送so.
〈録音:1986年10月,1987年1月〉
[デッカ(D)UCCD7328]
該当録音。美メロ・美演・美音。チャイコ解釈の1つの極北です。
亡き王女のためのパヴァーヌ
ちょっと不吉なタイトル。
おれはオーケストラ版より原曲のピアノ版のほうが好きだ。
――「エキサイタブルボーイ」より
第2作「エキサイタブルボーイ」でマコトは、同級生で暴力団員のサルが溺愛する「姫」の失踪事件について調べるあいだ、ラヴェルのピアノ作品集に手をのばした。思考の相棒として聴き、自分の内面にも《亡き王女のためのパヴァーヌ》を投影しはじめる。ここで「亡き王女」はシュレーディンガーの猫のごとき、生死の曖昧な姫になぞらえられた。ラヴェルが想像したのも、跳ねっ返りの王女だったかもしれない。

『亡き王女のためのパヴァーヌ ~ラヴェル:ピアノ・ソロ作品集』
ベルトラン・シャマユ(p)
〈録音:2015年6月,10月〉
[エラート(D)WPCS13338(2枚組)]CD
[Erato(D)2173250903(3枚組,海外盤)]LP ※2025年1月から限定リリース
『ラヴェル・フラグメンツ』で話題の、研究肌シャマユ盤。
シェエラザード(リムスキー=コルサコフ)
なんだかにぎやかでオカズの多い曲。
池袋西一番街の下世話な雰囲気にぴったり。
――「オアシスの恋人」より
イラン人の不法滞在が社会問題だった90年代を反映するのが、第3作「オアシスの恋人」。同級生で風俗嬢の千秋から、恋人のイラン人救出を依頼されたマコトは、彼を果物屋の物置にかくまうことになる。これからどうするか考えるBGMとして手をのばしたのは、リムスキー゠コルサコフの《シェエラザード》だった。聴きながらカップルの不遇に義憤をおぼえたマコトは、トラブルシューターとしての覚悟をきめる。

『リムスキー=コルサコフ:交響組曲《シェエラザード》(室内管弦楽版)』
シモーネ・メネセス指揮アンサンブルK
〈録音:2023年11月〉
[Alpha(D)ALPHA1081(海外盤,2枚組)]
話題の新編曲版。朗読+小編成の質感にどきっとする。
弦楽四重奏曲第4番(バルトーク)
裏通りを忍び足で歩くようなピッチカートでその曲は始まった。[…]
第一ヴァイオリンから第二ヴァイオリンに受け渡された主題が何度も繰り返されて、
夜の公園に波紋のように広がっていく。
――「サンシャイン通り内戦」より
第4作「サンシャイン通り内戦」は、ドラマでいうところのクライマックスで、タカシ(安藤崇)=Gボーイズと、尾崎京一=エンジェルズのカラーギャング抗争、そしてマコトたち=パープルクルーの暗躍が描かれる。音楽あふれる作で、初恋相手の加奈が愛聴するハードロックなど色とりどり。ダンサーでもある京一は、ドラマでは《弦楽セレナード》で踊ったが、小説ではバルトークの弦楽四重奏曲第4番、第4楽章と第5楽章をかけている。バルトーク・ピッツィカートが特徴的な名作だ。マコトはこのエピソードを機に、コラムニストとしての仕事も始めている。

『リゲティ:弦楽四重奏曲第1番《夜の変容》,同第2番,バルトーク:弦楽四重奏曲第4番』
マーメン四重奏団
〈録音:2023年7月〉
[BIS(D)BISSA2693(海外盤)]SACDハイブリッド
バルトーク→リゲティの系譜を強く認識する凄演アルバム。
悪いことすんなって言ってんじゃないの。
素通りすんなって言ってんの。
ここまで8点のうちの4点をご紹介してきました。ドラマ版(小説版とドラマ版では、キャラクター設定に結構違いがあるのです)のパロディで中休み。レコード屋巡りのご提案です。マコトがクラシック音楽にのめり込む1つのきっかけは、店員のレコメンドでした。池袋へ足をお運びの際は、ぜひお立ち寄りください。
【池袋でクラシック音楽のCD・レコードを買える主なスポット】(2025年3月現在)
※営業時間、定休日等は、各店舗までご確認ください
・タワーレコード池袋店(池袋パルコ6F)店舗のページ
・HMVエソラ池袋(エソラ池袋3F)店舗のページ
・ディスクユニオン池袋店(高村ビル4F)店舗のページ
精霊の庭~オーケストラのための
ほんの五年まえにウエストゲートパークの東京芸術劇場で収録されていた。
[…]一生をかけて楽器を習得したプロの演奏家八十七人を使って、
こんなに淡く淋しい音楽をやる。
――「妖精の庭」より
IWGPには武満徹も登場する。第5作「妖精の庭」でマコトは、同級生で元女性のショーから、ストーカー事件解決への協力を依頼される。被害に遭っているのはオンライン覗き部屋「妖精の庭」で働く風俗嬢だ。現代最高の技術を使って淋しい「庭」を作る共通項を、マコトは武満の《精霊の庭~オーケストラのための》に見出している。そしていずれもが、ウエストゲートパークと物理的に近いということも。

『武満徹/オーケストラ作品集』
〔弦楽のためのレクイエム,ジェモー,精霊の庭,地平線のドーリア,スペクトラル・カンティクル,他〕
若杉弘,沼尻竜典,外山雄三(指揮)東京都so. 他
〈録音:1992年1月~1999年6月(L)〉
[デンオン(D)COCQ85505(5枚組)]
該当録音。すべてが東京芸術劇場で収録された。
18人の音楽家のための音楽
聴覚的モワレ現象。
メロディではなく音のずれを聴く音楽だ。
おれの話によく似ている。
――「少年計数機」より
これを書いている編集子がいちばん好きなエピソードが、第6作「少年計数機」。常に目につくもの全てをカウンターで数える少年ヒロキと、マコトが出会う話。魅力的な人物がつぎつぎ登場する。Gボーイズの協力もあたたかい。視点のピントを少年と合わせて(?)みたくなったのかもしれない。マコトはライヒの《18人の音楽家のための音楽》を自室のプレイヤーにかけ、店先でも流して母親に心配される。

『ライヒ:18人の音楽家のための音楽』
アンサンブル・リンクス
〈録音:2020年3月〉
[KAIROS(D)0015043KAI(海外盤)]
比較的カラッとした《18人》。「モワレ」の際立ちもいい。
十字架上のキリストの最後の7つの言葉
突然、『十字架上の七つの言葉』のソナタⅠの題名を思いだした。
たぶん、その言葉は引ったくりのガキだけじゃなく、
喜代治や鉄、それにもちろんおれのことをいっているのだろう。
――「銀十字」より
ここからの2つはドラマ化されていない。マコトは、自分と同じような若者のトラブルが専門だ。これまでも同級生からのヘルプが多かった。しかし第7作「銀十字」で舞い込む依頼は、初対面のおじいさん2人組からの連続引ったくり犯捜索。ハイドンの《十字架上のキリストの最後の7つの言葉》を聴きながら推理し、じわりじわりと犯人に近づいていく。ちなみにマコトは弦楽四重奏曲版が好きだという。

『ハイドン:ロプコヴィッツ四重奏曲,十字架上のキリストの最後の7つの言葉,他』
ロンドン・ハイドン弦楽四重奏団
〈録音:2022年5月〉
[Hyperion(D)CDA68410(2枚組,海外盤)]
ピリオド演奏団体による全集プロジェクトの完結編。今ふうの音。
グレン・グールドのJ. S. バッハ
あんたには、なにを聴いたらいいかわからないときに手が伸びるCDがあるだろうか。
おれにはある。グレン・グールドがピアノで弾いたJ・S・バッハ。[…]
これは聴いたあとで、聴くまえより必ずすこしだけ豊かな気持ちになって、
この世界に帰ってこられる音楽だ。
――「水のなかの目」より
今回紹介する最後、第8作「水のなかの目」は、比較的ピースフルなエピソードの目立つ『少年計数機』のなかで、油断しているとバッドに入る異色作。マコトはパーティー潰しの犯人を追ううちに、深みにはまっていく。きっと読み終わったあとに、バラけた音楽を聴いて「この世界に帰って」みたくなるはずだ。IWGPの流儀でいうなら、それはグレン・グールドのJ. S. バッハかもしれない。
作者の石田衣良は、IWGPを執筆しているときにこの録音群を聴いていたと何度も語っている。シリーズの独特の文体の裏側には、この個性派ピアニストのグルーヴが潜んでいるのだ。

『バッハ全集(SACDハイブリッド・エディション)』
〔J. S. バッハ:ゴルトベルク変奏曲,平均律クラヴィーア曲集,他〕
グレン・グールド(p)他
〈録音:1955年~1982年(一部L)〉
[Sony Classical(M)(S)(D)SICC10404(24枚組+ボーナスCD)]SACDハイブリッド
該当録音。ぜひIWGP読書のお供としたい。
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Text:編集部(H.H.)