芸術の秋、マーラーの秋特別企画
芸術の秋、マーラーの秋

グスタフ・マーラーにまつわるコンセプト・アルバム10選

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おお、人間よ! 心せよ!

 秋にじっくり聴きたい作曲家と言えば、もちろんマーラー! 「レコード芸術ONLINE」創刊1周年記念特別企画「芸術の秋、マーラーの秋」では、マーラーに関するさまざまなテーマについて、ディスクとともに紹介しています。
 録音芸術には、名曲名演の容れ物=名盤の図式に収まらない「作品」も多く存在しています。その1つの潮流が、楽曲名などを分かりやすく打ち出さず、代わりにあるテーマを掲げ、それについての作品や録音を取り合わせて構成するというコンセプト・アルバムです。
 今回はそのような例で、グスタフ・マーラーの作品が印象的に登場するものを、編集部員が10点ご紹介します。それぞれのアルバムではマーラーの音楽への、多様なまなざしが展開されています。

ヴィジョンズ・オヴ・チャイルドフッド

この題は「子供の頃のまぼろし」と訳せるだろうか。まずきわめて短い1トラック目が飛び込んでくる。哲学者アドルノが道化の鈴と呼んだ、マーラーの交響曲第4番の冒頭抜粋である。それからワーグナーやシュトラウスの作品を辿って、人間の一生を予見的に、白昼夢的に描いていく。イギリス交響楽団の演奏やフレデリックの歌もなんだか夢見心地だ。ライナーノートによれば、フレデリックは収録前にCOVID19に罹ったときの死生観を歌唱へ反映したという。マーラーは、現在はチェコ共和国にあるカリシュト村で1860年7月7日に生を享けた。生後間もなく都市イフラヴァに移り、75 年にウィーン⾳楽院に入学するまでそこで過ごしている。行商と酒造を生業とする父、足が不自由な母、盲目の弟、そしてユダヤ人としての疎外感が原風景にある。

ヴィジョンズ・オヴ・チャイルドフッド
〔マーラー:交響曲第4番~プロローグ,第4楽章,ワーグナー:ジークフリート牧歌,R. シュトラウス:4つの最後の歌,他〕

ケネス・ウッズ指揮 イギリス交響楽団,エイプリル・フレデリック(S)
〈録音:2020年7月〉
[Nimbus Alliance(D)NI6408(海外盤)]※現在取扱なし
[Nimbus Records]配信

20世紀初頭、ウィーンの室内楽

1878年にウィーン音楽院を卒業したマーラーは、ライプツィヒ市立劇場やブダペスト王立歌劇場のポストなどを転々としたあとの97年、37歳でウィーン宮廷歌劇場の芸術監督となった。いわゆる世紀末ウィーン(あるいは世紀転換期ウィーン)の渦中に飛び込んでいったのである。この室内楽アルバムでは、モーツァルトの再来といわれた神童コルンゴルド、生粋のウィーンっ子ツェムリンスキー、世紀末ウィーンの中心性と外縁性を併せ持つマーラー、商家の子ベルク、移民街で育ったシェーンベルクといった、世紀末ウィーンの代表的作曲家の作品を、編曲版を採用するなどなるべく小編成で演奏して、棚に本を並べているアートワークのように収めている。

20世紀初頭、ウィーンの室内楽
〔ツェムリンスキー:クラリネット三重奏曲,マーラー:歌曲集《子供の不思議な角笛》~ラインの伝説,《亡き子をしのぶ歌》~いつも思う、子供たちはちょっと出かけただけなのだと,シェーンベルク:室内交響曲第1番,他〕

エマニュエル・パユ(fl)ポール・メイエ(cl)樫本大進(vn)ズヴィ・プレッサー(vc)エリック・ル・サージュ(p)
〈録音:2018年7月〉
[アルファ(D)NYCX10152(2枚組)]

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大西洋を越えて

このアルバムはマーラー、ロンバーグ、ヴァイルの3人を「大西洋を越えた」作曲家として提示するものである。ジャケットに使用されたクリムトの絵画『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I』もきわめて意図的だ。その所有権をめぐって大西洋をまたぐ法廷闘争が行われた作品で、2025年現在はニューヨークにある。1907年10月、マーラーは反ユダヤの風潮などを背景として、ウィーン国立歌劇場音楽監督のポストを辞任した。彼は翌8年からアメリカ東海岸に活動の中心を移し、METやニューヨーク・フィルで指揮者のポストを得る。その後、死期を悟ると旧大陸への帰還を望み、11年5月18日にウィーンで亡くなっている。

大西洋を越えて
〔マーラー:交響曲第1番(1888年 第1稿)~花の章,さすらう若人の歌(管弦楽伴奏版),歌曲集《子供の不思議な角笛》~天上の生活,ロンバーグ:恋人よ我に帰れ,ヴァイル:光の中のベルリン,他〕

ヴォルフガング・デールナー指揮 オーケストラ・パドルー,オーケストラ・ジャズ・フランク・トルティエ,ダニエル・シュムッツハルト(Br)アメル・ブライム=ジェルール(S)
〈録音:2020年12月〉
[Gramola(D)GRAM99278(海外盤)]

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レクイエム 戦争の悲哀

ライナーノートによれば、ボストリッジはWWⅠ終戦100年についてのプロジェクトを構想する過程で、戦争へ間接的に近付くレクイエムを作ることにした。戦後ではなく、戦前から2つの大戦を照射しようとしたのだ。バターワースとシュテファンは収録曲を書いたあと、WWⅠに従軍して戦死し、ヴァイルはアメリカのWWⅡ参戦を目の当たりにして、南北戦争の記憶をその不安に重ねた《4つのホイットマン歌曲》を作った。一方で、マーラーは戦争を体験しなかった作曲家ではある。しかし普仏戦争後の軍拡期・ナショナリズム台頭期に書かれた《子供の不思議な角笛》の不気味な作品世界は、未来を予見するようでもある。アルバムは、処刑を待つ少年兵の独白を音楽化した〈少年鼓手〉を寒々と歌い上げて閉じられる。

レクイエム 戦争の悲哀
〔バターワース:歌曲集《シュロップシャーの若者》,シュテファン:連作歌曲集《われ君に高雅なる歌を歌わん》より,ヴァイル:4つのホイットマン歌曲,マーラー:歌曲集《子供の不思議な角笛》~惨殺された鼓手,トランペットが美しく鳴り響くところ,少年鼓手〕

イアン・ボストリッジ(T)アントニオ・パッパーノ(p)
〈録音:2018年〉
[Warner Classics(D)9029566156(海外盤)]

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アルバムのプロモーション・ビデオ(Warner Classics公式YouTube)

退廃音楽をうたう

ナチスによって退廃とされた音楽を集めるこのアルバムは、マーラーの〈原光〉にはじまり、マーラーの〈アダージェット〉に終わる。その合間にあるトラックは、ナチ党台頭前の共和国の自由を謳歌するような狂騒の前半と、アルマ・マーラー〈静かな街〉をはさんでからの、過酷な運命を反映するような悲痛な後半に分けられる。ヴァイルやシュルホフはもちろんのこと、最初期のゲイ・アンセムとして重要なスポリャンスキー《リラの歌》や、ゲットーの中で死を待ちながら書かれたイルゼ・ウェバー《テレジエンシュタットをさまよう》など、クラシック音楽の文脈ではあまり見かけないが、注目すべき作品が詰まっている。

退廃音楽をうたう
〔マーラー:歌曲集《子どもの不思議な角笛》~原光,交響曲第5番~アダージェット(ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフのテキストを付加),ヴァイル:マリー・ギャラント~ユーカリ,シュルホフ:ジャズの舞踏組曲~フォックストロット,スポリャンスキー:リラの歌,イルゼ・ウェバー:テレジエンシュタットをさまよう,他〕

バルト・ファン・レイン指揮 フラマン放送合唱団,ブリュッセル・フィルハーモニックのソリストたち,エステール・ルフォール(S)
〈録音:2022年8月~9月〉
[Antarctica(S)ANTAR051(海外盤)]

【音楽之友社の関連書籍】
マーラーの姪
アウシュヴィッツの指揮者、アルマ・ロゼの生涯

ウィルソン夏子 著

ISBN:9784276216136〈発行:2024年6月〉

マーラーの姪であり、ヴァイオリニストであったアルマ・ロゼ。「ウィーンナー・ワルツ女性アンサンブル」という女性だけの楽団を結成。だがナチスによってアウシュヴィッツに収監される。しかしそこでも女性だけの音楽隊の指揮者として活躍するが、37歳という若さで急死してしまう。当時の貴重な証言と写真をもとに、時代を駆け抜けたアルマ・ロゼの生涯に思いを馳せる。

ねむりのカラヤン

1960年の生誕100周年にさまざまな記念イベントが行われたことを契機として、マーラーは世界的なブームとなる。さらに交響曲第5番第4楽章〈アダージェット〉が印象的に使用された、ルキノ・ヴィスコンティの映画『ベニスに死す』(1971)を追い風に、クラシック音楽リスナー以外へとその名は知れ渡っていく。やがて聴衆は、マーラーに「癒し」を発見した。

『アダージョ・カラヤン』[DG]といえば、カラヤンの膨大な録音のなかからスローテンポで優しい印象のトラックをコンパイルした、コンセプト・アルバムの歴史を語るうえで欠かせないタイトルである。この1トラック目をマーラーの交響曲第5番第4楽章〈アダージェット〉が飾ったのだ。1994年リリース(日本では1995年)の、クラシック音楽としては異例のミリオン・ヒット(公称500万点以上!)を記録したタイトルだが、現在はCDが廃盤になってしまった。と思っていたら、後継の『ねむりのカラヤン』が2024年にリリースされていた。〈アダージェット〉は、今度は末尾に配されている。

ねむりのカラヤン
〔パッヘルベル:カノン,マスカーニ:歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》~間奏曲,J.S.バッハ:G線上のアリア,マーラー:交響曲第5番~アダージェット,他〕

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
〈制作:2024年〉
[ユニバーサル(S/D)UCCS1372]

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アダージョ

マーラーは「癒し」なのか? クレーメルがそう問うたかどうかはわからない。確かなのは、彼が2007年に「アダージョ」と題するアルバムをリリースしたことである。ここではマーラーの未完の交響曲第10番第1楽章とショスタコーヴィチの交響曲第14番が、指揮者なしの室内楽編成で演奏・録音され、アダージョの題のもとに接合されている。この2曲に通底するテーマは死と破滅である。マーラーは自らの死や、妻アルマとの愛の崩壊を予感しながら未完の交響曲を遺した。一方のショスタコーヴィチは死の恐怖に怯えつつ、一歩進んで死者の目線に立った交響曲を完成させた。此岸と彼岸から終焉を想うのは、荒療治的な「癒し」とはいえるかもしれない。

アダージョ
〔マーラー:交響曲第10番~第1楽章〈アダージョ〉(H.シュタットルマイヤー&クレメラータ・バルティカによる弦楽合奏版),ショスタコーヴィチ:交響曲第14番〕

ギドン・クレーメル(vn)クレメラータ・バルティカ(弦楽オーケストラ)ユリア・コパチェヴァ(S)フョードル・クズネツォフ(B)
〈録音:2001年10月,2004年11月(L)〉
[ECM New Series(D)UCCE5063]

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マーラー/4つの楽章

マーラーは9つの交響曲を完成した一方で、独立して解釈できる楽章も遺している。また他者によって完成交響曲から抽出された楽章もある。今回のディスクガイド中ではやや異色なこのアルバムは、第2番第1楽章となった交響詩、未完交響曲の一部楽章、決定稿の段階で削除された楽章、そしてブリテンが小編成編曲のために独立させた楽章、以上4つを集めたものだ。レア曲揃いなのも注目だが、パーヴォによるマーラー録音のなかでは初期のものだから、彼のマーラー観をここから探ってみるのも興味深い。このアルバム以降、彼はフランクフルト放送響との交響曲全集(ライヴ収録)[C Major]を完成させ、現在はチューリヒ・トーンハレ管との全曲録音[アルファ]に取り組んでいる。

マーラー/4つの楽章
〔交響詩《葬礼》,交響曲第10番~〈アダージョ〉,交響曲 第1番《巨人》~〈花の章〉,交響曲第3番~〈野の花が私に語ること〉(ブリテンによる編曲版)〕

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 フランクフルト放送交響楽団
〈録音:2007年5月,10月,2008年2月〉
[エラート(D)WPCS13003]

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憧れ~ライヴ・イン・ロッテルダム

邦題の「憧れ」とはsehnsuchtの訳で、より細かいニュアンスとして「存在しない楽園への渇望」ともいえそうだ。COVID19パンデミックのために無観客となった公演を収めるこのアルバムにおいて、この言葉は痛ましいまでのリアリティを伴って使用されている。曲目では、ベルクで官能や幻滅といった生のきらめきを提示し、マーラーで死後の世界を描いている。第4楽章は《子供の不思議な角笛》の〈天上の生活〉に由来するから、本来は天国の暮らしをメルヒェンに歌うものだろうが、ハンニガンの歌唱はきわめて大人びた等身大のもの。これは人間が、歌のある楽園を取り戻すための切実な儀式なのだ。パンデミック下ではおそらく同様の目的でシュタイン編曲による室内楽版第4番の演奏機会が激増した。このアルバムはその試みのなかでも、とりわけ象徴的なものである。

憧れ~ライヴ・イン・ロッテルダム
〔ベルク:初期の7つの歌(デ・レーウ編曲版),4つの歌曲(デ・フリーヘル編曲版),マーラー:交響曲第4番(エルヴィン・シュタイン編曲版)〕

バーバラ・ハンニガン(S),ラウル・ステファニ(Br),ロルフ・フェルベーク指揮 カメラータRCO
〈録音:2021年4月(無観客L)〉
[アルファ(D)NYCX10350]

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おお、人間よ! 心せよ! トランペットとオルガンのための作品集

最後に紹介するこのアルバムは、トランペットとオルガンを中心とする小編成での演奏を集めたもの。ナチスの恐怖への応答として書かれた現代の作品と、ロマン派前後の様々な作品とを時代を超えて対話させている。マーラー作品は1トラックだけだが、〈おお、人間よ! 心せよ!〉が中心的に配されている。空襲で大きな被害を受けたエッセン大聖堂での収録という理由もあるだろうか、ライナーノートでロシアのウクライナ侵攻に言及しているからだろうか、このマーラーがニーチェ『ツァラトゥストラかく語りき』から引用した詩はアルバムに、前項の『憧れ』とは別の、しかし強烈な儀式性を与え続けている。これもマーラーが予見したことなのだろうか?

おお、人間よ! 心せよ! トランペットとオルガンのための作品集
〔ブラームス:4つの厳粛な歌~〈ああ死よ、お前を思い出すのはなんとつらいことか〉,サットマーリ:トランペットとオルガンのための《…追悼…》,マーラー:交響曲第3番~〈おお、人間よ! 心せよ!〉,他〕

ラインホルト・フリードリヒ,アンドレ・ショッホ(Tp)セバスティアン・キュヒラー=ブレッシング(org)クリスティーナ・ショッホ(bfl)
〈録音:2022年10月〉
[Ars Produktion(D)ARS38359(海外盤)]SACDハイブリッド

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アルバムのプロモーション・ビデオ(セバスティアン・キュヒラー=ブレッシング公式YouTube)

Text:編集部(H.H.)

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