新譜『メンデルスゾーン:交響曲第2番《讃歌》』をリリースした鈴木雅明に訊く Part1

インタビュー
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埼玉・所沢市民文化センター ミューズでの《讃歌》レコーディング風景
提供:バッハ・コレギウム・ジャパン

鈴木雅明とバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)による新譜『メンデルスゾーン:交響曲第2番《讃歌》』がスウェーデンのBISからリリースされた。2024年に所沢市民文化センター ミューズで録音が行なわれたSACDハイブリッド盤だ。BCJは2012年に《聖パウロ》、2021年に《エリヤ》とメンデルスゾーンのオラトリオを演奏していて、聖書を題材にした合唱や独唱を伴う管弦楽作品という点で、今回の《讃歌》はこれらの延長に位置づけられよう。Part1では、BCJのメンデルスゾーンの取り組みはいつ頃始まったのか、鈴木雅明さんにとってメンデルスゾーンはどのような存在なのか、大いに語っていただいた。

♪Part2はこちらから

訊き手・文=那須田務(音楽評論)
取材協力=バッハ・コレギウム・ジャパン、ナクソス・ジャパン

【新譜】

メンデルスゾーン:交響曲第2番《讃歌賛歌)》

鈴木雅明 指揮バッハ・コレギウム・ジャパン(合唱・管弦楽)ジョネ・マルティネス,澤江衣里(S)ベンヤミン・ブルンス(T)
〈録音:2024年10月〉
[BIS(D)NYCX10579]SACDハイブリッド

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BCJとメンデルスゾーンのこれまで

鈴木(以下)「以前からBCJはコンサートでメンデルスゾーンの《詩篇》を演奏していました。その後もカンタータを取り上げています。2013年にはニューヨークで行なわれたニューヨーク・フィルのコンサートで、バッハのモテットやマニフィカトのニ長調とともに、メンデルスゾーンの《マニフィカト》ニ長調と《キリスト》を指揮しています。BCJとイェール大学合唱団の総勢50名の合唱で歌いました。実は《讃歌》も3年前にザルツブルクの祝祭大劇場で指揮しています。モーツァルテウム管弦楽団と合唱団でオーケストラがすばらしかった。オルガニストとしてもメンデルスゾーン作品は欧州で何度も弾いています」

鈴木雅明(すずき・まさあき)

オルガン・チェンバロ奏者、指揮者。1954年神戸に生まれる。東京藝術大学作曲科を経て同大学院オルガン科を修了。アムステルダム・スウェーリンク音楽院で日本人初となるチェンバロ、オルガン双方のソリスト・ディプロマを取得。1990年に合唱団と古楽器オーケストラから成るバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)を創設。これまでJ.S.バッハ演奏の第一人者として活躍を続けるとともに、さまざまなレパートリーを披露してきた。『J.S.バッハ/教会カンタータ全集』を筆頭に、BISレーベルから録音を多数リリースしている。

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音楽監督・鈴木雅明×首席指揮者・鈴木優人が語る2026-2027シーズン定期演奏会(バッハ・コレギウム・ジャパン公式YouTube)

「バッハは私の中心的な存在ですが、バッハがその後の時代にどう受け入れられたかについてはメンデルスゾーン抜きには考えられません。メンデルスゾーンは《マタイ受難曲》を復活蘇演したけれども、その背後にはフリーデマン・バッハがメンデルスゾーンの大叔母(ザラ・イッツィヒ/レヴィ)を教えるなどバッハ家とメンデルゾーン家には接点があった。そうしたことからメンデルスゾーン家に《マタイ》の楽譜が伝わり、最終的にメンデルスゾーンによる演奏に繋がった。彼自身もこうしたバッハとの関係を非常に強く意識していたと思います。そういう意味で、僕はメンデルスゾーンには常に興味がありました」

鈴木雅明のメンデルスゾーン観

———最近、鈴木優人さんが読響とメンデルスゾーン版の《マタイ》を指揮して話題になりましたね。

「優人は昨年の4月にもBCJの合唱とともにマカオに行き、現地のオーケストラと《マタイ》を演奏したんですよ。モダンのオーケストラなのでメンデルスゾーン版で。でも最初のチラシに「メンデルスゾーン版」と書いていなくて、これは大問題だと思ったけれども、よく考えたらメンデルスゾーン自身も「自分の版」とは思っていなかった。マカオでは初めて《マタイ》を聴く人が多かったそうです。だったら何も「メンデルスゾーン版」と謳わなくてもよいのではないか。メンデルスゾーンは1829年の後1841年にも再演していて、楽曲の数も楽器も変化しています。それを僕らはバッハのオリジナルと区別するために「……版」と言っているにすぎず、彼自身はいつも「バッハのマタイ」を演奏しているつもりだったのではないかと思うのです」

———このメンデルスゾーンによる《マタイ》の復活蘇演がバッハ・ルネサンスに繋がったと言われていますが、実際にはモテットやピアノ曲はずっと演奏され続けていたし、シューマンやメンデルスゾーンら19世紀の多くの作曲家たちはバッハを重要な作曲家と考えていました。なによりもフーガの大家として。

「なかでもメンデルスゾーンは対位法に長けていた。ですからBCJがメンデルスゾーンに取り組むのはなかば必然なわけです。それにコラールに基づく曲や先のオラトリオなど宗教曲もたくさんある」

今回のインタビューは、2026年3月にナクソス・ジャパンのオフィスで行なわれた

———メンデルスゾーンはナチスの時代にはユダヤ人の音楽として演奏が認められず、東西冷戦時代には彼の活躍したライプツィヒなどの東独ではブルジョワの音楽として冷遇されていました。彼自身の宗教観はどうだったのでしょう。

「祖父のモーゼスはユダヤ教徒ですが、宗教的には寛容でヨーロッパで暮らすなら家族はキリスト教徒になった方がいいと考えていたようです。そこで息子のアブラハムは子供たちをクリスチャンに改宗させたけれども宗派にはこだわっていません。メンデルスゾーンが(7歳で)洗礼を受けたのはベルリンのルーテル派の教会ですが、授けたのは改革派の牧師でした。過去には宗派による対立がありましたが、その頃は別の宗派でも互いに教会を使いあうなどかなり寛容だったようです。これは僕の想像ですが、フェリックス自身はルター派だと自認していたという気がしています。《聖パウロ》等でルター派のコラールをたくさん使っているから」

交響曲第2番《讃歌》のこと

当盤録音すぐあとの2024年10月31日、
東京オペラシティにおけるBCJ第164回定期演奏会でも《讃歌》が演奏された
©K.Miura

 ここからPart2にかけては、交響曲第2番《讃歌》について伺う。
 曲の概要をまとめておこう。1840年のグーテンベルク祭のためにライプツィヒ市から委嘱を受けて作曲され、「讃歌」のタイトルのもとに聖トーマス教会で初演された(星野宏美さんが書きおろした日本語解説がすばらしい)。グーテンベルクが活版印刷を発明したのは15世紀中頃でラテン語の聖書のみならず、その後のルター派の聖書の普及に大いに貢献したとされる。そこでブライトコップ・ウント・ヘルテル社が1840年の記念事業としてルターのコラール集『ドイツ語宗教歌集』を出版。メンデルスゾーンはそこからルターの言葉「そうではなく、私の願いは、すべての芸術、なかでも音楽が、その創り主に仕えることである」(星野宏美訳)を引いて交響曲の初版譜に掲げた。

メンデルスゾーン:交響曲第2番《讃歌》の構成
(訳題は当盤の日本語解説より)

○第1部
 第1曲 シンフォニア〔マエストーソ・コン・モート – アレグロ,アレグレット・ウン・ポコ・アジタート,アダージョ・レリジオーソ〕

○第2部
 第2曲 合唱とソプラノ・ソロ〈息あるものはすべて、主を賛美せよ〉
 第3曲 レチタティーヴォとアリア(テノール)〈主に贖われた人々は唱えよ〉
 第4曲 合唱〈唱えよ、主によってあらゆる悲嘆から〉
 第5曲 二重唱(ソプラノI ・II)と合唱〈私は耐えて主に望みを置いた〉
 第6曲 アリア(テノール)〈死の綱が私たちに絡みつき〉,ソプラノ・ソロ〈夜は過ぎ去った〉
 第7曲 合唱〈夜は過ぎ去り〉
 第8曲 コラール(合唱)〈いざやともに、神に感謝せよ〉
 第9曲 二重唱(テノール,ソプラノ)〈それだから私は歌う〉
 第10曲 終曲合唱〈もろもろの民よ、主に帰せよ〉

 初版のタイトルは「賛歌、聖書の言葉に基づく交響的カンタータ」。曲は全2部、10の楽曲からなり、第1部の第1曲は交響曲、第2部の第2曲から第10曲までカンタータが続く。第1曲は三つの部分(アレグロ、アレグレット、アダージョ)からなり全体の3分の1ほどの長さを持つ。その後、長い歌の部分(合唱、独唱、重唱)で主の賛美と感謝が歌いあげられる。歌詞は旧約聖書の詩編から自由に言葉を用い、第8曲ではコラールも用いられる。
 歌詞の内容は異なるものの、オーケストラの楽章に続いて最後に独唱や合唱で高邁な思想が歌いあげられる構造は、1824年に初演されたベートーヴェンの《第九》を彷彿とさせる。それについて雅明さんに意見を求めると「直接的な影響ではないかもしれないけれど、それは思いますね」と頷いた。

「メンデルスゾーンがベートーヴェン嫌いのゲーテに、ピアノを弾いて聴かせていい曲でしょうといった話もあります。ヘンデルからの影響もあるかもしれません」

(Part2はこちらから)

【関連音源】

ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱》

鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパン,アン=ヘレン・モーエン(S)マリアンネ・ベアーテ・キーラント(A)アラン・クレイトン(T)ニール・デイヴィス(B)
〈録音:2019年1月(L)〉
[BIS(D)BISSA2451(海外盤)]SACDハイブリッド

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ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱》(ワーグナーによるピアノ編曲版)

鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパン合唱団,緋田芳江(S)穴澤ゆう子(A)櫻田亮(T)浦野智行(Br)小川典子(p)
〈録音:1998年5月〉
[BIS(D)BIS950(海外盤)]

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2026.03.09投稿

NYCX10579

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