コンサートレポート

東京・春・音楽祭2026 アレクサンダー・マロフェーエフ

レポート
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マロフェーエフ1(c)池上直哉_東京・春・音楽祭2026
4月3日の公演で演奏するアレクサンダー・マロフェーエフ
撮影:池上直哉
提供:東京・春・音楽祭実行委員会

文=長井進之介(ピアニスト・音楽ライター)

音で語り、描き出すピアニスト、アレクサンダー・マロフェーエフ

幼少期から“神童”と評され、その才能が注目されてきたロシアのピアニストであるアレクサンダー・マロフェーエフ。今年2月に『忘れられた調べ』をリリースし、より深みを増した表現力とそれを実現する技術の精度の高さを示しているところで、今回の「東京・春・音楽祭」(4月3日)でのリサイタルが行われた。この公演はマロフェーエフの底知れぬピアニズム、そしてプログラムの構成力を鮮やかに示すものとなった。

□東京・春・音楽祭2026 アレクサンダー・マロフェーエフ

・日時・会場
 2026年4月3日(金)19:00開演(18:30開場) ※公演終了
 東京文化会館 小ホール
・出演
 アレクサンダー・マロフェーエフ(ピアノ)
・曲目
 シューベルト:3つのピアノ曲(即興曲)D946
 グリーグ:組曲《ホルベアの時代より》Op.40
 ー休憩ー
 シベリウス:5つの小品集《樹木の組曲》Op.75
 スクリャービン:ワルツ 変イ長調 Op.38
 ルリエ:5つの前奏曲断章 Op.1
 ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 Op.36(1931年改訂版)

 詳細はこちら(東京・春・音楽祭2026のページ)

最初に演奏されたのはシューベルトの《3つのピアノ曲》D946。作曲者の晩年に書かれた楽曲であり、回顧、苦悩、渇望など様々な感情が錯綜する。マロフェーエフは第1曲の旋律が奏でた瞬間から、ピアノを歌わせることができることができるピアニストであることを示した。奏でられる旋律からはのびやかさとあたたかさが感じられ、シューベルトの音楽の魅力を丁寧に伝えてくれる。またダンパーペダルをかなり細かく踏み替え、ウナ・コルダも多用。音色のグラデーションの精密さも印象的であった。

グリーグの《ホルベアの時代より》Op.40では、のびやかな音色を活かし、弦楽合奏編曲の音色に近い響きを作り出していた。ピアノが鍵盤楽器でありながら、弦楽器であることも改めて実感させられる。また各舞曲のリズムの特徴も躍動感あふれる演奏で鮮やかに示した。

前半がピアノという楽器のもつ可能性を最大限に発揮した「歌」と「踊り」のプログラムであったのに対し、後半のプログラムはすべての楽曲が続けて演奏され、一つの物語を紡ぐような構成であった。最初に演奏されたのはシベリウスの《樹木の組曲》Op.75。厳しく長い冬、そのなかで孤独に、力強く生き抜いていく木々が描かれている。その国で生きている作曲家だからこそ描き出せる世界観に満ちた楽曲である。マロフェーエフの演奏は、各楽曲で詩を語るようであり、また大自然の情景を切り取るかのようでもある。選び抜かれた音色が響き、重なって会場の空気を塗り替えていくのが感じられる特別な体験であった。

そのまま続けて演奏されたのはスクリャービンの《ワルツ 変イ長調》Op.38。作曲者が神秘主義に傾倒していた頃に書かれた作品であり、「光(神)への飛翔」、「神との一体化」といった精神がこの曲にも反映されている。この曲においてマロフェーエフの演奏は“弾いている”というよりは何かを“発している”ようであった。それは次曲にも通じるものである。

スクリャービンの影響を受けた作曲家であるルリエの《5つの前奏曲断章》Op.1は原題に「fragiles(壊れやすい、脆い)」とあるように、繊細なガラス細工のようなテクスチュアで、目に見えないものが描き出されていくような楽曲だ。それは観測し得ない“何か”、あるいは心のなかをうごめく様々な感情のようでもある。恐ろしいことに、曲が進むにつれてさらに彼の音色と響きは増え、そして心を揺さぶってきた。

ルリエの第5曲は変ホ短調の響きのなかで何かを訴えるような旋律が繰り替えされるのだが、そこからラフマニノフの《ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調》Op.36へとつなげるプログラミングには驚かされた。調のつながりはもちろんだが、前曲で膨らんでいった感情があふれんばかりになったところで、慟哭のような冒頭へ、という流れには強い意図が感じられるのである。このソナタでは音色、音量のコントラストはもちろん、厚い音の響きのなかから旋律を豊かに響かせての“歌”、そしてどこかクラシックを超えたグルーヴを感じさせるリズム感(特に第3楽章において)が見られ、マロフェーエフの音楽性の幅広さが伝わる演奏であった。

これほどまでに音楽が生きているものだということを実感できる演奏はそう聞けないのではないだろうか。プログラミングはもちろん、奏でられたすべての音に強い意味と意志を感じさせられた公演であり、20世紀以前の個性豊かなヴィルトゥオーゾたちを彷彿とさせる圧倒的な存在感と個性をもったピアニストの演奏に心震える時間となった。

マロフェーエフ3(c)池上直哉_東京・春・音楽祭2026
終演後のスタンディング・オベーションの様子
撮影:池上直哉
提供:東京・春・音楽祭実行委員会

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忘れられた調べ~ロシア・ピアノ作品集
〔グリンカ:別れのワルツ,メトネル:《忘れられた調べ》第1集(全曲),ラフマニノフ:幻想的小品集~第2曲 前奏曲〈鐘〉,ピアノ・ソナタ第2番(1931年改訂版),グラズノフ:3つの小品~第3曲〈ワルツ〉,他〕

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