
2026年4月7日に開催された、カウンターテナー、オルリンスキさんの来日記者会見へ行って参りました。4月に開催の、今回が初めてとなる日本公演の概要、歌唱パフォーマンス、対談と質疑応答の三部構成で行なわれたその模様を、ダイジェストでお届けします。
Text&Photo:編集部(H.H.)
Z世代も注目、最先端のオペラ・スターが日本に上陸!
会見は、駐日ポーランド大使館のタデウシュ・ロメル記念ホールで行なわれた。東京公演を後援するポーランド広報文化センター所長、ウルシュラ・オスミツカ氏と、招聘元であるテンポプリモ代表取締役、中村聡武氏の挨拶ではじまり、同社の遠藤敏氏の司会で進行した。
オスミツカ 世界中で人気を博しているポーランド出身のオペラ歌手、オルリンスキさん、そして同郷のピアニスト、ミハウ・ビエルさんの公式な日本公演は、今回が初めてのことです。オルリンスキさんは、その作品をフィギュアスケート選手の宇野昌磨さんが使用したことで、日本でも広く知られ、愛されています。
宇野昌磨は、2022/23年シーズンのフリープログラムで、オルリンスキが歌うハッセのアリア〈わたしの苦しみよ、さあ早く!〉を使用した。オルリンスキやハッセの名前は知らなくても、その音楽を聴いたことがある、という人は多いはずだ。
オルリンスキによる〈わたしの苦しみよ、さあ早く!〉歌唱風景
(Warner Classics公式YouTube)
オスミツカ オルリンスキさんはオペラ歌手であるだけでなく、パリ五輪の開会式にも登場したブレイキン(ブレイクダンス)のダンサーであり、世界的なブランドとコラボレーションするモデルでもあります。若い世代にも人気の彼は『ザ・ニューヨーカー』誌で「オペラ界のジャスティン・ビーバー」と評されています。
ブレイキンとは1970年代にNYのブロンクスで誕生したカルチャー、Hip-Hopの四大要素(DJ、MC(ラップ)、ブレイキン、グラフィティ)の1つで、アクロバティックな跳躍を特徴とするダンスの様式。出発点はストリートのアングラ文化だったものが、オルリンスキの母国ポーランドを含む世界各地へ広まっていった。さらに2024年のパリ五輪で正式種目に加わったことで、一段と広く知られるようになった。
中村 今回招聘に至ったのは、2024年10月にザ・キングズ・シンガーズのツアーを開催したのがきっかけでした。メンバーから友人の音楽家を招待したいと提案があって、そのリストのなかにオルリンスキさんがいたんです。それから、彼がプライヴェートで日本を訪ねていたときにオファーしたところ、願ってもない話だ!と快くお引き受けいただきました。
【公演情報】
ヤクブ・ユゼフ・オルリンスキ リサイタル

[出演]
ヤクブ・ユゼフ・オルリンスキ(カウンターテナー)
ミハウ・ビエル(ピアノ)
[日時]
●兵庫公演
2026年4月9日(木)19:00 開演 兵庫県立芸術文化センターKOBELCO 大ホール
主催:兵庫県、兵庫県立芸術文化センター
詳細はこちら(兵庫県立芸術文化センターのページ)
●東京公演
2026年4月10日(金)19:00開演 東京芸術劇場 コンサートホール
主催:テンポプリモ、協力:ワーナーミュージック・ジャパン、後援:ポーランド広報文化センター
詳細はこちら(テンポプリモのページ)
遠藤 オルリンスキさんは公演はもちろんのこと、エラート・レーベルの専属アーティストとして、古楽の作品を多く収録しています。古楽演奏団体との共演だけでなく、今回共に来日したモダンのピアニスト、ミハウ・ビエルさんとアルバムを制作するなど、活動の幅を広げています。
ビエルと共演したアルバムには『フェアウェル~ポーランド歌曲集』と『イフ・ミュージック…』がある。後者は日本仕様盤が3月25日にリリースされたばかりの最新作である。
ヤクブ・ユゼフ・オルリンスキ
ディスコグラフィ①



1 アニマ・サクラ~宗教的アリア集
〔ハッセ:オラトリオ《聖ペトロとマグダラのマリア》~わたしの苦しみよ、さあ早く!,他〕
ヤクブ・オルリンスキ(C-T)マクシム・エメリャニチェフ指揮イル・ポモ・ドーロ(ピリオド楽器アンサンブル)
〈録音:2018年2月〉
[Erato(D)9029563374(海外盤)]CD
[Erato(D)9029563370(海外盤)]LP
※リンクはCD版のもの
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宇野昌磨の使用曲〈わたしの苦しみよ〉を含む、バロックのレア・レパートリーを収めたデビュー・アルバム
*
2 フェアウェル~ポーランド歌曲集
〔ヘンリク・チシ:告別,タデウシュ・バイルト: 4つの愛のソネット,パヴェウ・ウカシェフスキ: 3つの歌,他〕
ヤクブ・ユゼフ・オルリンスキ(C-T)ミハウ・ビエル(p)
〈録音:2021年9月〉
[Erato(D)9029626971(海外盤)]CD
[Erato(D)9029620057(海外盤)]LP
※リンクはCD版のもの
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モニューシュコ、シマノフスキ、ウカシェフスキなど、19世紀以降のポーランドの作曲家による歌曲を収めたアルバム
*
3 イフ・ミュージック…
〔パーセル:もし音楽が愛の糧ならば Z.329(第1稿),劇音楽《エディプス、テーベの王》Z.583~束の間の音楽,ヘンデル:歌劇《セルセ》HWV40~オンブラ・マイ・フ,J.S.バッハ:主よ、人の望みの喜びよ,他〕
ヤクブ・ユゼフ・オルリンスキ(C-T)ミハウ・ビエル(p)
〈録音:2024年12月〉
[エラート(D)WPCS13889]SACDハイブリッド
[Erato(D)2685427710(海外盤)]LP(カラー・ヴァイナル)
※CD版は、初回プレスと通常プレスでジャケットデザインが異なる
※ジャケ写はCDの通常プレス版、リンクはCD版のもの
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ヘンデルとパーセルのアリアを中心に取り合わせたアルバム。最終トラックの《主よ、人の望みの喜びよ》はビエルのソロである
300年前の音楽が、いま生まれる
それからホールにオルリンスキとビエルが入場して、さっそく歌唱のパフォーマンス。小さめのホールに響きわたる、オルリンスキの太く透き通るハイトーンに圧倒される。ビエルの使用ピアノはモダン調律のシゲルカワイ。演奏されたのは2作品で、1曲目が《束の間の音楽 Music for a While》、2曲目が《音楽が愛の糧であるならば If music be the food of love》(第1稿)。どちらもバロック期の作曲家、パーセル(1659~95)が300年以上前に書いたものだ。

会見は対談へ進み、聞き手としてオペラ研究家で、レコード芸術ONLINE筆者でもある岸純信氏が登壇した。通訳はポーランド広報文化センター事務局の平岩理恵氏が務めた。
岸 私からの質問は少なめにします。きっと会場の皆さんから、たくさんの質問があるでしょうから……。バロックの歌曲を、モダン・ピアノの伴奏で、つまり作曲当時とは違ったかたちで演奏することのよろこびとは何でしょうか。
ビエル 当時の鍵盤楽器のありようは、楽器自体の構造も演奏する環境も、今とは大きく違います。ただ、いつの時代も鍵盤楽器を用いたトランスクリプション(編曲)が行なわれていました。私たちのしていることは、この伝統を受け継ぐものだと考えています。新譜『イフ・ミュージック…』の最終トラックにあるJ.S.バッハのコラールは、まさにこのことを示すうってつけの音楽です。
オルリンスキ たとえばオリジナルではオーケストラと声、室内楽と声といった組み合わせの作品を、モダン・ピアノと声にトランスクリプションすることで、その音楽に、作曲当時は想定されていなかった特別な意味が生まれてきます。ここで新しい響きを発見することは、大きなよろこびを感じますね。
ビエル 現在の私たちがクラシック音楽、バロック音楽と呼んでいるものは、当時は最新の音楽だったのです。トランスクリプションには、過去の音楽を、いま生まれる音楽として扱うよろこびもあります。
オルリンスキにとっての歌と踊り
オルリンスキとビエルは質疑応答で、さらに色々なことを語ってくれた。オルリンスキの音楽家としてのヒストリーは少年時代にさかのぼる。彼がカウンターテナーを志したきっかけは、地元ワルシャワのアマチュア合唱団時代での、運命の悪戯みたいな出来事だった。
オルリンスキ 最初はアルト・パートにいて、変声期を迎えてバス・バリトンへ移りました。その頃、合唱団の9人の男の子だけで、中世の音楽を演奏する小さなアンサンブルを作ったんです。ルネサンスの曲もやろうとなったときに、カウンターテナーのパートが必要になった。それでいちばん若い自分が、ファルセットも何も分からないまま歌うことになりました。そのとき自分の声種はこれだ!と気が付いたんです。
檜舞台のオペラ、ストリートのブレイキンと、対照的なフィールドで活動を続けるオルリンスキだが、いかにそれらを両立しているのかも気になるところ。
オルリンスキ ブレイキンの方は、コンクールにも出場していた以前と比べるとチャンスは減りました。とはいえ、ワルシャワには自分のグループがありますし、世界中を回るなかで、各地のグループとコラボレーションすることもあります。
また、私にとってのオペラとブレイキンは、二者択一ではなくて、両輪で続けていきたいことです。古楽オーケストラのイル・ポモ・ドーロと作ったアルバム『ビヨンド』の世界ツアーはショー形式で、歌とダンスを組み合わせたパフォーマンスをやりました。他のオペラ公演でも踊りますし、ダンサーとしての能力を買われて、身体の動かし方が難しい役にキャスティングされることもあります。それにブレイキンで覚えた身体の使い方は、歌う上でも役に立っていますよ!
ヤクブ・ユゼフ・オルリンスキ
ディスコグラフィ②



4 ビヨンド~初期バロック・アリア集
〔モンテヴェルディ:歌劇《ポッペアの戴冠》~私はここに帰ってくる,カッチーニ:アマリッリ、私の素敵な人,他〕
ヤクブ・ユゼフ・オルリンスキ(C-T)イル・ポモ・ドーロ(ピリオド楽器アンサンブル)
〈録音:2022年12月〉
[エラート(D)5419772645(海外盤、日本語解説・訳詞付)]CD
[Erato(D)5419772737(海外盤)]LP(重量盤)
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モンテヴェルディ、カッチーニの時代の世界初録音を含むアリアを、時を超えて楽しむ意図で組まれたアルバム
*
5 #レッツバロック
〔ファーゴ:オラトリオ《水に沈んだファラオーネ》~愛する神の民に,パーセル:劇音楽《エディプス、テーベの王》Z. 583~束の間の音楽,他〕
ヤクブ・オルリンスキ(C-T)マディソン・ノノア(S)アレクサンドル・デンビチ(p)ヴォイチェフ・グミンスキ(b)マルチン・ウワノフスキ(ds)
〈録音:2023年8月,10月〉
[Erato(D)2173239226(海外盤)]CD
[Erato(D)2173239311(2枚組,海外盤)]LP
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オルリンスキの越境性を象徴するアルバム。ピアノ、ベース、ドラムとのコラボレーションで、バロック作品を現代的感性でカヴァーする
★本アルバムの「新譜月評」はこちら(批評:矢澤孝樹さん)
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6 パーセル:束の間の音楽
ヤクブ・オルリンスキ(C-T)ザ・キングズ・シンガーズ
〈配信開始:2020年10月9日〉
[Warner Music]配信
【レーベルの商品ページはこちら】※各種ストリーミング配信へのリンクあり
配信限定。今回の記者会見でも披露された《束の間の音楽》を、来日公演のきっかけとなったザ・キングズ・シンガーズと共演したもの
二人が心掛けていること、いないこと
2月下旬、俳優のティモシー・シャラメが「オペラやバレエなんて誰も興味がない」と発言したことが舌禍として話題になったが、その発言が炎上するくらい、2026年現在、オペラは「誰も興味がない」とは断定しにくそうな状況にある。少なくともNYのZ世代に、オペラ鑑賞の波が来ているのだ。
【参考記事】
ブリタニー・スパノス「ポップシーンにおける“オペラ再興”の新潮流」(『エル・ジャポン』デジタル版のコンテンツ。2026年3月18日更新)
ロザリア、Raye、FKAツイッグスといったポップ・スターが、いかにオペラから強いインスピレーションを受けているか、そして彼女たちを支持する多くの若者がMET(メトロポリタン歌劇場)に足を運んでいるかを紹介し、ポップの精神に息づくオペラの伝統を論じている記事
METの前でブレイキンを披露するオルリンスキ
(METおよびオルリンスキの公式Instagram)
そんな耳の肥えたZ世代たちからも熱視線を集め、新しい聴衆を生み続けるオルリンスキとビエル。これまでクラシック音楽に関心のなかった若者たちにその魅力を伝える二人の戦略とは何か? 来場者から質問が出た。返ってきた答えは、意外に呆気なく、しかしカルチャーの根源を思わせる内容だった。
ビエル 誰かをターゲットにして音楽をするのではなく、常に自然体であろうと努めています。多くの場合、クラシック音楽のコンサートで演奏することは、とても怖いことです。ヒーローがスポットライトの下に来たぞ、何を聴かせてくれるんだろう! と期待されるわけですから。私たちはそうではなく、自分の家に遊びに来てもらうようなコンサートを作りたいと思っています。
オルリンスキ 同じく特定の世代に向けて何かする、というアイデアはないのですが、パフォーマンスやSNSで心掛けていることが2つあります。1つはクラシック音楽やバロック音楽について、ステレオタイプ以外の可能性を示すこと。オペラを観に行くのに、必ずしもフロックコートを着る必要はないはずです。もう1つは、音楽家もまた等身大の人間であるとアピールすること。こうした心掛けが結果として、私の同世代や、より若い人たちを惹き付けているのだと思います。

1990年ポーランド生まれ。世界で最も多忙なオペラ歌手の1人。声種はカウンターテナー。ブレイキンの国際大会で入賞歴があるB-boyでもあり、モデル、インフルエンサーとしての顔も持つ。もし彼の歌う長めのオペラにチャレンジしてみたくなったら、『グルック:歌劇《オルフェオとエウリディーチェ》』[エラート]は、そのファースト・チョイスとしておすすめだ。
公式Instagramはこちら
ポーランド生まれ。ソロ/伴奏の両方で活躍するピアニスト。生年は非公開。ディスコグラフィは少なく、SNSも特にやっていないようだが、オルリンスキとはジュリアード音楽院時代からの盟友で、文字通り長年の信頼関係を築いてきた名手である。

