
特別企画シリーズ「カール・リヒターとアーノンクール」の完結編は、音楽評論家の舩木篤也さんと矢澤孝樹さんによる対談です。同時代に生きながら、まったく異なるアプローチでバッハ演奏の地平を切り開いた二人――その違いはどこにあり、どのように受け継がれてきたのでしょうか。戦後ドイツとオーストリアという歴史的背景の差異から、演奏における「精神」と「方法」の問題、さらには現代のHIP(歴史的演奏)に至るまで、議論は多角的に展開します。リヒターとアーノンクール、それぞれの到達点と限界、そして現在における意味をあらためて問い直します。後編はこちら
リヒターとアーノンクール、どちらを先に聴くか
――今回、レコ芸ONLINEでカール・リヒターとニコラウス・アーノンクールの特集を企画したのは、リヒター生誕100年とアーノンクール没後10年という節目が重なったためです。調べてみると年齢も3歳しか違わず、意外な近さがありました。そこでこの二人を軸に、バッハ演奏をめぐる流れを考えられないかと思い、とりわけ《マタイ受難曲》を中心に比較する企画としました。
矢澤 これまで両者については折に触れて書いてきましたが、今読み返すと私はリヒターについてはかなり厳しめの書き方をしてきたかもしれません。それだけ存在が大きかったということではありますが……。しかし現在は、両者の偉大さと意義を俯瞰して評価したいと思っています。まずは舩木さんがどのようにこの二人を捉えているのか、伺えますでしょうか。
舩木 クラシックを聴き始めた比較的早い段階で、この二人には出会いました。中学1年生くらい、1980年前後です。リヒターについては、《ブランデンブルク協奏曲》(1967年)や《管弦楽組曲》(1960-61年)で、曲そのものを知るために手に取ったという形で、いわば入口として自然に刷り込まれました。同世代でも典型的な聴き方だったと思います。
一方でアーノンクールは、少し後になって聴いたのですが、最初から「これは今までと違うことをしている人だ」とはっきり分かる衝撃がありました。順番として、ある程度スタンダードとされる演奏を聴いたあとに出会ったということもあって、その違いがより強く感じられたのだと思います。
《マタイ受難曲》については、最初に触れたのはコルボの録音(1982年)で、その後にリヒターの1958年盤を聴いて、いわば「これがスタンダードなのか」と感じた記憶があります。最初からリヒターで入ったわけではなかったので、後から聴いたときに重みや様式の違いをより強く意識することになりました。
矢澤 聴く順番によって印象は結構変わりますよね。私の場合も、小学校の終わり頃からクラシックを聴き始めて、中学時代に最初に触れたバッハがリヒターでした。1984年頃だと思います。やはり《ブランデンブルク協奏曲》、そして《ミサ曲ロ短調》ですね。オルガン曲もリヒターでした。とにかく「厳しい音楽」という印象でしたね。
その後、高校から大学にかけて古楽に開眼し、より古い音楽や新しい演奏様式に関心が広がっていきました。アーノンクールについてもその延長で聴くようになり、ヘンデルの合奏協奏曲Op.6などで鮮烈な印象を受けました。バッハはやはり《ブランデンブルク協奏曲》再録音が最初で、ピリオド楽器録音では先にコープマンやホグウッド盤を聴いていたので、アーノンクールにはむしろ重厚濃密な印象を受けた記憶があります。ピリオド楽器の響きの新鮮さのみならず、この演奏は「意味が深い」な、と。
舩木 私も似たところがあって、最初は別の演奏家を基準にしながら、後になってアーノンクールを聴き進めていく中で、その意図が少しずつ見えてきたという感じでした。単に異端的というだけではなくて、はっきりと問題提起をしている人だと感じるようになったんですね。
そのような意味で、たしかに、この二人は出会い方や聴く順番によって印象が大きく変わる存在でもあると思います。
“表現者”リヒターの《マタイ》
――峻厳な58年盤と、再録音の「緩さ」の正体
――それでは、まずリヒターについて。お二方はその芸術をどのように定義されていますか。《マタイ》の新旧録音の比較なども含めてお伺いします。
舩木 リヒターはしばしば「峻厳」「禁欲的」、あるいは「ノイエ・ザッハリヒカイト(新即物主義)」と言われます。とりわけ1958年盤についてそうした評価が定着していますが、私は必ずしもそうは思いません。
確かにメンゲルベルク的な表現と比べればそう見えるのは理解できますが、実際にはテキストに強く寄り添い、物語ろうとする意欲が非常に強い。例えばゲッセマネの場面に入ったところでは、弦の響きの作り方などにロマン派的な表出があり、むしろフルトヴェングラー的な感覚すら感じます。あれをザッハリヒ(即物的)と呼ぶのは無理があるでしょう。
〈まことにこの人は神の子であった Wahrlich, dies ist Gottes Sohn gewesen!〉の2小節も象徴的です。大きなクレッシェンドとディミヌエンドで光が差すように処理する。楽譜に明示されていないにもかかわらず、意味を強調するためにテンポを大きく動かしている。これは極めて表現主義的です。
後年のリヒターについても再評価の余地があると思います。1969年の東京公演などを聴くと、一つの到達点と捉えることもできる。特にコラールの扱いの変化が興味深い。
58年盤ではフェルマータでもあまり延ばさず、リタルダンドも控えめですが、後年録音では明確に減速します。ただし重要なのはフェルマータそのものではなく、テキストの句読点に反応している点です。コンマの位置で減速し、文構造に沿って音楽を組み立てている。
つまり、後年になるほどテキスト依存が強まっている。これは単なる変化ではなく、思考の深化と見るべきでしょう。
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