特別企画
終戦80年

核兵器にまつわるクラシック音楽作品と、そのディスク10選

FOCD2583

惨劇と不安を前に、音楽は何を語るのか

 1945年7月16日にトリニティ実験(人類初の核実験)が行われてから80年。まもなく、広島と長崎への原爆投下の日、8月6日、9日もやってきます。そして現在も世界中には多くの核兵器が存在して、使用されるリスクがあります。これまでクラシック音楽の分野では、数多くのリアクションがなされてきました。今回はその音楽を収めた(ほぼ)クラシック音楽のディスクを、まったく氷山の一角でしかありませんが、編集部員が10点ご紹介します。

※今回の記事では、原爆、水爆、中性子爆弾など核分裂や核融合利用する兵器を総称して「核兵器」を用いています

大木正夫:交響曲第5番《ヒロシマ》

大木正夫(1901~71)は、第二次世界大戦中に戦意高揚のための作品群を書いた作曲家だが、終戦を迎え、激しい自己批判にさいなまれる。彼の交響曲第5番《ヒロシマ》(1953)は、日本において、はっきりと「核兵器」との関連を表明したクラシック音楽作品の先駆で、丸木位里と丸木俊の共同制作による屏風型の連作絵画「原爆の図」(1950~82。現在は埼玉の丸木美術館に第14部までが、長崎の原爆資料館に最後の第15部が所蔵されている)の初期6作に刻まれた破壊と悲しみを音楽化し、贖罪と平和の希求を強く込めている。

大木正夫:交響曲第5番《ヒロシマ》,日本狂詩曲(日本作曲家選輯第16巻)

湯浅卓雄指揮 新日本po
〈録音:2005年5月〉
[ナクソス(D)8557839J]

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編集子は7月の初めに丸木美術館を訪れた。修復に出されることも多い「原爆の図」だが、幸いにも14部がすべてそろったタイミングであった。胸のつぶれるような場所ではあるものの、ぜひ現地でご覧になってほしい。ただし2025年9月29日から全館改修のために長期休館へ入る予定なので、何卒ご注意を。2枚目は、第1部「幽霊」に描かれた赤ん坊で、「せめてこの赤ん坊だけでも、むっくり起きて生きていってほしい」というキャプションがついている。またこの日には企画展「望月桂 自由を扶くひと」(2025年7月6日会期終了)も開催していて、大変に興味深かった。

大木の《ヒロシマ》をはじめ、今回紹介する音楽作品の一部は、広島交響楽団の「シン・ディスカバリー・シリーズ」でも演奏が予定されている。

■広島交響楽団 シン・ディスカバリー・シリーズ 被爆80周年〈ヒロシマとモーツァルト〉

 第1回 ※終了
 2025年4月25日 18:45開演 JMSアステールプラザ 大ホール
 クリスティアン・アルミンク指揮 小林愛実(p)
 〔糀場富美子:広島レクイエム,モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番,ジョン・アダムズ:ドクター・アトミック・シンフォニー〕

 第2回
 2025年7月24日 18:45開演 JMSアステールプラザ 大ホール
 クリスティアン・アルミンク指揮 小菅優(p)
 〔ペンデレツキ:広島の犠牲者に捧げる哀歌,藤倉大:ピアノ協奏曲第4番《Akiko’s Piano》,モーツァルト:交響曲第38番《プラハ》〕

 第3回
 2025年10月31日 18:45開演 JMSアステールプラザ 大ホール
 クリスティアン・アルミンク指揮
 〔大木正夫:交響曲第5番《ヒロシマ》,モーツァルト:交響曲第41番《ジュピター》〕

 第4回
 2026年2月25日 18:45開演 JMSアステールプラザ 大ホール
 クリスティアン・アルミンク指揮 エリザベト音楽大学cho他
 〔細川俊夫:同声合唱のための《おお、大いなる神秘よ》,細川俊夫:オーケストラのための《渦》,モーツァルト:レクイエムK.626(ジュスマイヤー完成版)〕

■広島交響楽団 被爆80周年 2025「平和の夕べ」コンサート

 広島公演
 2025年8月5日 18:45開演 広島文化学園HBGホール

 大阪公演
 2025年8月7日 19:00開演 ザ・シンフォニーホール

 東京公演
 2025年8月8日 19:00開演 東京オペラシティ コンサートホール

 クリスティアン・アルミンク指揮 ダニール・トリフォノフ(p),石橋栄実(S)
 〔ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番,マーラー:交響曲第4番〕

 ※出演者、曲は3公演ともに同じ
 ※大阪、東京では、「明子さんのピアノ」(被爆ピアノ)がロビーに展示される予定

■広島交響楽団 被爆80周年特別公演《戦争レクイエム》
 2025年9月6日 15:00開演 広島国際会議場フェニックスホール
 ギャビン・カー指揮 ボーンマス・シンフォニー・コーラス、NHK広島児童cho 他
 〔ブリテン:戦争レクイエム〕

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シュニトケ:オラトリオ《長崎》

アルフレート・シュニトケ(1934~98)はドイツ・ユダヤ系で、ソ連に生まれたあとウィーンとモスクワで学んだ、多様式主義で知られる作曲家。彼がモスクワ音楽院の卒業作品として1958年に書いたのが、オラトリオ《長崎》である。アナトリー・ソフロノフや島崎藤村のテクストを引用して、長崎への原爆投下を描いたこの作品は、ショスタコーヴィチの支持を受けるも、作曲家同盟から形式主義的との批判を受け、しばらく幻の存在となっていた。シュニトケはここで、ソ連のプロパガンダ音楽とも「前衛」とも違う、どちらかといえば映画音楽的な手ざわりで、核兵器の悲惨と人々の祈りに向き合ったのだった。コンサート初演は2006年11月、南アフリカはケープタウンでようやく行われた。この盤はそのライヴを収めている。

シュニトケ:オラトリオ《長崎》
〔アルフレート・シュニトケ:オラトリオ《長崎》,交響曲第0番〕

オウェイン・アーウェル・ヒューズ指揮ケープタウンpo,ケープタウン国立歌劇場cho,ハンネリ・ルパート(MS)
〈録音:2006年11月(L)〉
[BIS(D)BISCD1647(海外盤)]

林光/原民喜:混声合唱のための《原爆小景》

林光(1931~2012)は作曲家を志して藝大へ進むが、学外発表などの制限に反発して中退。それから彼は、音楽と社会のかかわりを重視した、さまざまな活動を展開していく。広島で被爆した原民喜の同名詩集をもとにする合唱曲《原爆小景》は、1958年から2001年にかけて作曲されていった林のライフワークで、核兵器による痛みと、そこからの希望を描いている。児童合唱でも広く親しまれているレパートリーだ。このディスクは、1980年に林の発案ではじまった毎年8月開催のコンサート「八月のまつり」の2012年公演を記録している。《原爆小景》を歌い継ぐ祭りだ。この盤に収められた回は、年初に逝去した林の追悼演奏会の性格も帯びていた。

東京混声合唱団 八月のまつり
〔林光:混声合唱のための《原爆小景》,武満徹:死んだ男の残したものは*,他〕

寺嶋陸也指揮 東京混声cho,山田和樹指揮 同cho*,他
〈録音:2012年8月(L)〉
[フォンテック(D)FOCD9602]

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2025年の「八月のまつり」は8月7日の夜、東京の第一生命ホールで開催される。

■特別定期演奏会 林光メモリアル 東混 八月のまつり46
 2025年8月7日 19:00開演 第一生命ホール
 山下一史指揮東京混声cho 寺嶋陸也(p)
 〔林光:混声合唱のための《原爆小景》,他〕

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ペンデレツキ:広島の犠牲者の追悼のための哀歌

クシシュトフ・ペンデレツキ(1933~2020)が1960年にこの作品を書いたとき、彼はまだ20代だった。ポーランド前衛音楽界の気鋭として新たな音響表現を模索していた彼は、ここで器楽を駆使した、多彩なトーン・クラスターを展開している。もとはジョン・ケージ作品を思わせる《8分37秒》の題にする予定だったとされるが、最終的に《広島……》の題がついた。いまとなっては20世紀音楽を、そして核兵器使用のシンボルとしての「ヒロシマ」表象を代表する存在だ。もしこの作品が前者の名前で知られていたら、この悲痛な印象は変わるだろうか。もし広島に原爆が投下されていなければ、いま世界中で共有されている「ヒロシマ」が違ったかもしれないように。

ペンデレツキ/自作自演集1
〔クシシュトフ・ペンデレツキ:広島の犠牲者の追悼のための哀歌,他〕

クシシュトフ・ペンデレツキ指揮 ポーランド国立放送so他
〈録音:1975年2月他〉
[ワーナー・クラシックス(S)WPCS50790~91(2枚組)]

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【音楽之友社の関連書籍】
現代ポーランド音楽の100年
シマノフスキからペンデレツキまで

ダヌータ・グヴィズダランカ 著
白木太一,重川真紀 訳
ISBN:9784276112179〈発行:2023年12月〉

ポーランド共和国復興100周年を記念して、2018年にポーランド音楽出版社(PWM)から刊行された、1918年以降(作曲家シマノフスキ~ペンデレツキの時代)のポーランドの音楽に焦点を当てた書籍の待望の邦訳。主に第4章「音楽のための音楽」に、ペンデレツキについての記述がある。

三善晃:オーケストラのための《夏の散乱》

三善晃(1933~2013)は、西洋芸術音楽の伝統と前衛さらに日本の純邦楽も参照しつつ、どこへも与さない、いわば孤独なスタイルを貫いた作曲家。《レクイエム》(1971)以降には「戦争」が色濃い作品群があらわれる。レクイエム三部作に続き、「生と死の無言歌」とよばれる《夏の散乱》(95)《谺つり星》(96)《霧の果実》(97)《焉歌・波摘み》(98)……それらの裏には疎開先で、目の前で友人が機銃掃射の犠牲になるという、彼そのひとの壮絶な戦争体験が横たわっている。《夏の散乱》は、広島と長崎への原爆投下日を数列に、さらに音に変換した器楽作品。そのときに失われた命が虚空に浮かぶ音楽である。この盤に収められているほかの曲にも、この8月に聴きたいものが多い。

三善晃の音楽
〔三善晃:祝典序曲,ピアノ協奏曲,オーケストラのための《夏の散乱》,谺つり星,焉歌・波摘み,レクイエム,童声合唱とオーケストラのための《響紋》,他〕

沼尻竜典指揮 東京po,東京混声cho,東京大学柏葉会cho他
〈録音:2003年3月,2004年3月,10月(いずれもL)〉
[カメラータ(D)CMCD99036~8(3枚組)]

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糀場富美子:広島レクイエム,未風化の7つの横顔

糀場富美子(1952~)は広島出身の作曲家で、被爆二世。CDライナーによれば、差別を恐れて原爆手帳を発行しなかった父を持つ。原爆後遺症に苦しむ人が多くいるのと同時に、それを隠して生きてきた人もまた大勢いるのである。彼女は1979年に《広島レクイエム》の原曲を作曲した。この作品は初め演奏機会に恵まれなかったというが、レナード・バーンスタインが企画した1985年の広島平和コンサートを機に改訂、いまの標題がつけられ初演された。それから40年が経った2005年、彼女は《未風化の7つの横顔》を作曲する。この盤にはその初演ライヴが収められている。ピアノとオーケストラによるこの作品は、最初と終わりに鐘の音が響く7部構成で、決して風化させてはならない原爆投下の記憶と、祈りが込められている。今年も、元安川に灯篭が浮かぶ。

糀場富美子/作品集~広島レクイエム
〔糀場富美子:広島レクイエム,フォオトリエの鳥,未風化の7つの横顔,わだつみの波〕

秋山和慶指揮 広島so,東京so他
〈録音:2001年10月,2005年10月,2010年11月,2013年10月(いずれもL)〉
[フォンテック(D)FOCD2583]

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藤倉大:ピアノ協奏曲第4番《Akiko’s Piano》

藤倉大(1977~)は日本に生まれ、現在はイギリスに拠点に活動する「現代音楽」シーンの旗手。彼はあるとき、広島交響楽団から「明子さんのピアノ」のための協奏曲の委嘱を受ける。これは広島への原爆投下で亡くなった河本明子さんが生前に愛用していて、被爆した楽器だ。彼はこの実物のピアノにふれつつ作曲を行い《Akiko’s Piano》として完成、2020年8月の「平和の夕べ」で初演された。この初演盤には、たとえばペンデレツキの上記作品のような、むごたらしい響きはない。静謐なオーケストラ、「明子さんのピアノ」で弾くカデンツァ、そして終わりがあるのみだ。河本明子さんの人生が浮かび上がるような、そんな音楽だ。

Akiko’s Piano~広島交響楽団2020「平和の夕べ」コンサートより
〔藤倉大:ピアノ協奏曲第4番《Akiko’s Piano》,ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番~カヴァティーナ,マーラー:歌曲集《亡き子をしのぶ歌》,J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番~シャコンヌ〕

下野竜也指揮 広島so,萩原麻未(p),藤村実穂子(MS)
〈録音:2020年8月(L)〉
[ソニー・ミュージック(D)SICX10011]

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三月一一日のシューベルト
音楽批評の試み

舩木篤也 著
ISBN:9784276210141〈発行:2024年12月〉

「音楽」からの視点と、「音楽とは異なる世界」からの視点を交差させることで、あたかも対旋律が主旋律を引き立てるが如く、音楽の新たな魅力や人生の味わい、世界への問題意識を浮かびあがらせる、音楽批評の「試み」。第6章「『隣り』という視座」で、《Akiko’s Piano》の紹介盤が登場する。

ここまで広島、長崎への原爆投下にまつわるクラシック音楽作品の、ごく一部をみた。しかし核の恐怖は現在も続いている。そうしたものについて音楽は、さらに何を応答してきただろうか?

伊福部昭:「ゴジラ」オリジナル・サウンドトラック

伊福部昭(1914~2006)は北海道生まれで、土俗的ともいえる独自の音楽世界を作り上げていった人物。戦時中は科学研究のために、放射線被曝と障害も経験している。兄の勲もまた夜光塗料の研究で放射性物質に接して、それがもとで夭折した。伊福部にはアイヌとの交流などに加えて、こうしたバックストーリーもある。広島、長崎への原爆投下のあと、アメリカ合衆国は太平洋での水爆実験をくりかえしていた。現地住民への被害も甚大だったが、とりわけ1954年に行われたキャッスル作戦では、久保山愛吉の乗る漁船に死の灰が降り注ぐ、第五福竜丸事件が発生している。映画『ゴジラ』(1954)の怪獣はまさにこの水爆を契機として、人間の前にあらわれる存在として描かれている。伊福部はオファーを快諾し、稀代の映画音楽が生まれたのだ。

伊福部昭:「ゴジラ」オリジナル・サウンドトラック
〔メインタイトル,大戸島のテーマ,帝都の惨状,オキシジェン・デストロイヤー,平和への祈り (台詞入り),海底下のゴジラ,他〕

伊福部昭指揮 東京so
〈制作:1954年〉
[キングレコード(M)KICS4171]

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ライヒ:砂漠の音楽

スティーヴ・ライヒ(1936~)はミニマル・ミュージックを代表する作曲家で、《砂漠の音楽》(1983)は代表作の1つだ。彼はここで、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの詩からテクストの引用を行った。第3楽章では、次のような警告が繰り返される。「人間がこれまで生きてこられたのは、無知ゆえに願望を実現できなかっただけのこと。実現する方法を知ったいま、その望みを変えるか、絶滅するしかない」(大意)。合衆国は、自国の砂漠でもくりかえし核実験を行っていた。トリニティ実験が行われたのも、広島のリトルボーイ、長崎のファットマンが開発されたのも「砂漠」でのことだ。そして現在に至るまで研究は続けられている。この盤には、久石譲による《砂漠の音楽》日本初演ライヴが収められた。

Joe Hisaishi Conducts
〔スティーヴ・ライヒ:砂漠の音楽,久石譲:The End of the World〕

久石譲指揮FUTURE ORCHESTRA CLASSICS,東京混声cho,エラ・テイラー(S)
〈録音:2024年7月,8月(いずれもL)〉
[DG(D)UMCK1790]

※2025年8月8日発売予定(変更・中止となる場合がございます)

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ビセンガリエヴァ:Polygon

ガリヤ・ビセンガリエヴァ(1986~)はソ連時代末期のカザフスタンに生まれ、イギリスの王立音楽大学で学び、現在はロンドンを拠点に活動する作曲家、ヴァイオリニスト。冷戦のあいだ彼女の母国にある旧セミパラチンスク核実験場(通称ポリゴン)では、世界中で行われた数の約4分の1にあたる、456回の核実験が行われていた。ここは少ないながらも農村があった場所だが、ソ連当局は実験を強行したのだった。いまも後遺症に苦しむ人がいて、土壌には放射能汚染が残る。ビセンガリエヴァはこのアルバムで、一連の出来事に身の引き裂かれるような悲しみを捧げ、忘れられた被爆地の1つについての問題提起を行っている。

Polygon
〔ガリヤ・ビセンガリエヴァ:Alash-kala,Saryzhal,Polygon,Sary-Uzen,Chagan,Balapan,Degelen〕

ガリヤ・ビセンガリエヴァ(vn,vo,エレクトロニクス)
〈制作:2023年〉
[ワン・リトル・インディペンデント・レコード(D)TPLP1812CDJ]

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Text:編集部(H.H.)

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2025.02.20 投稿
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ベトナム⑥
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