ショスタコーヴィチがアツい特別企画
没後50周年

ショスタコーヴィチの名演奏家
その1・旧東側編
増田良介

 今年2025年はドミトリー・ショスタコーヴィチ(1906~1975)没後50年です。レコード芸術ONLINEでは、あらためてその音楽にふれるためのガイドを作るべく、この20世紀を代表する作曲家に関する企画「ショスタコーヴィチがアツい」を展開していきます。
 今回は、音楽評論家の増田良介さんによる「ショスタコーヴィチの名演奏家・旧東側編」です。作曲者と関わりの深かった名演奏家の至芸を味わいましょう。

Select & Text=増田良介(音楽評論)

同時代を生きて交流のあった演奏家が遺した録音の価値

ショスタコーヴィチを直接知っていた演奏家たちの録音は、ありがたいことにたくさん残っている。では彼らの演奏には、ほかの演奏家と異なる特別な価値があるだろうか。

彼らが、作曲者から直接テンポやバランスなどについて助言を受けることはあったかもしれない。もっとも、作品にしのばせた不倫相手へのメッセージとか、バレるとまずい体制批判(あるとすれば)のようなことまで、作曲家がすべてムラヴィンスキーなり誰なりに全部打ち明けていたとは思えないが、それでも作曲者本人が彼らの演奏を聴き、認めていたという事実は大きい。

ただ、仮にそういうことがなくても、彼らが、ショスタコーヴィチと同じ時代に、同じ社会の中で生きていたということは重要だ。たとえばソ連における戦争経験や政府との軋轢が実際にどんなものだったのかは、ショスタコーヴィチの生きたソ連という特殊な国家を実際に体験した人たちにしかわからない部分があるはずだ。そしてそれが、作品に大なり小なり反映していても不思議はない。

ここでは、ショスタコーヴィチと同時代を生きて、ショスタコーヴィチと交流のあった演奏家たちの残した名盤を集めてみた。もちろん、それらをむやみに神聖視する必要はないが、われわれの感得しがたい、ショスタコーヴィチの音楽に込められたなにか本質的なことが、これらの演奏に刻まれている可能性には注意を払うべきだろう。

なお、ディスクの中には現在は入手困難なものもあるが、どれも名盤だから、いずれ何らかの形で再入手できる機会は訪れるだろう。

作曲者がもっとも信頼した指揮者
エフゲニー・ムラヴィンスキー(Evgeny Mravinsky 1903~1988)

1937年、ショスタコーヴィチの交響曲第5番初演を成功させて一躍名を挙げたムラヴィンスキーは、以後、ショスタコーヴィチのもっとも信頼する指揮者となり、さまざまな作品の初演を手がけた。ムラヴィンスキーのディスクには音の良いものが少ないのだが、この来日時のライヴ録音は、ムラヴィンスキーとレニングラード・フィルの凄さが鮮明な音質で捉えられている。

ムラヴィンスキー/レニングラード・フィル 来日公演’73
〔ベートーヴェン:交響曲第4番,ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 他〕

エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
〈録音:1973年5月26日(L)〉
[Altus(S)ALTSA0012(2枚組)]SACDハイブリッド

相当な覚悟をもって問題作を数多く初演
キリル・コンドラシン(Kirill Kondrashin 1914~1981)

コンドラシンは、ショスタコーヴィチの作品のうち、交響曲第4、13番や《ステパン・ラージンの処刑》などを初演している。つまり、何度も火中の栗を拾ったわけだ。彼が相当な覚悟をもってショスタコーヴィチの作品に取り組んでいたことがわかる。彼がモスクワ・フィルを振った世界初の交響曲全集は、無駄なものをすべてそぎ落としたような緊張感に満ちた演奏で、現在でもリファレンスとすべき録音だ。

ショスタコーヴィチ/交響曲全集
〔第1番~第15番 他〕

キリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団 他
〈録音:1965年~1974年〉
[Melodiya(S)MELCD1001065(11枚組,海外盤)]

埋もれた作品の発掘に精力的に取り組む
ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー(Gennady Rozhdestvensky 1931~2018)

ロジェストヴェンスキーは、埋もれた作品の発掘に精力的に取り組んだ巨匠だ。ショスタコーヴィチでも、彼のおかげではじめて聴けるようになった曲は数多い。このディスクは、1974年、彼の指揮で《鼻》がソ連でおよそ40年ぶりに復活上演されたあとに録音されたものだ。怖いもの知らずだった若きショスタコーヴィチが書いたこの大胆な傑作を、ロジェストヴェンスキーは、グロテスクなほど騒々しく刺激的に演奏する。

ショスタコーヴィチ:歌劇《鼻》他

ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー指揮モスクワ室内音楽劇場管弦楽団,同合唱団 他
〈録音:1975年,1978年〉
[Melodiya(S)MELCD1001192(2枚組,海外盤)]

【関連書籍】
指揮棒の魔術師ロジェストヴェンスキーの“証言”
ブリュノ・モンサンジョン 著/船越清佳 訳
音楽之友社 四六判 320ページ

共産主義体制下のソ連を生き抜いたロシアの大指揮者ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーが、稀代の映像作家ブリュノ・モンサンジョンを相手に、ソ連時代の音楽教育、劇場やコンサートの理不尽な運営・管理システム、そして芸術家たちが置かれた過酷で不条理な状況について赤裸々に語った衝撃の証言集。

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