音楽評論家・城所孝吉氏の連載第16回は、ベートーヴェンの最後の3つのピアノ・ソナタ-第30番、第31番、第32番を取り上げます。この三大ソナタと《第九交響曲》との関連なども経て、話は「人生観」「生きることの意味」へと深まっていきます。
ベートーヴェンの最後の3つのソナタが、構造的に関連していることは、音楽学ではしばしば指摘される。第30番第1楽章の第1主題は、3度と4度の跳躍で構成されているが、それは第31番の該当個所でも同じ。同様のパターンは、第3楽章のフーガ主題でも繰り返される。また第32番の第1楽章第1主題でも、4度→3度が短調で登場するなど、枚挙にいとまがない。こうしたことから、ベートーヴェンが3曲をツィクルスとして考えたことは、ほぼ間違いないとされる。以上は、内田光子が自分のアルバムのライナーノーツで説明しているが、私がそれを初めて知ったのも、彼女の文章によってである。
しかしベートーヴェンの意図は、3曲を主題上で関連させることだけだろうか。なぜなら第30番と32番は(本質的に)2楽章構成で書かれているからである。第30番は形式的には3楽章だが、第1楽章と第2楽章はソナタ形式で、アタッカでつながっている(ベートーヴェンは第1楽章の最終和音を、ペダルで第2楽章の冒頭まで延ばすように指示している)。そして2楽章の並びは、両方の場合でソナタ形式→変奏曲である。これには理由があるに違いない。一方第31番は、ソナタ形式、3部形式の前2楽章に対し、第3楽章は独特の形式で書かれている。レチタティーヴォ風の序奏で始まり、「嘆きの歌」→フーガが繰り返されるが、以上は3曲が特定の形式的コンセプトに従っていることを伝えている。
《第九交響曲》第4楽章に込められたメッセージ
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