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「エヴァンゲリオン」にまつわるクラシック音楽と、そのディスク8選

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エヴァとクラシックの世界へようこそ!

 庵野秀明が監督を務めたテレビアニメ版『新世紀エヴァンゲリオン』の放映開始(1995年10月4日)から、2025年10月で30年を数えます。
 エヴァの舞台は、大災害「セカンドインパクト」を経て荒廃した2015年の地球。謎の生命体「使徒」との戦闘のために、生き残った人類が人造人間「エヴァンゲリオン」を開発。エヴァンゲリオンには魂が宿っており、なかにはその魂と血縁関係にあるパイロットが搭乗する機体もあります。そのパイロットの1人で主人公、碇シンジを軸に物語が展開されていきます。キリスト教的終末観やメカ・アニメの要素などをないまぜに、思春期の葛藤を含む複雑な心理描写や哲学的テーマを描いた独特の世界観で知られ、国内外に根強いファンを多く生んだ大人気アニメーション作品です。
 2021年に『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』で完結するまで、断続的に四半世紀を要したほど長大な、このプロジェクトの随所には、クラシック音楽が登場していました。そこで今回は、TVシリーズ~旧劇場版に登場する主なクラシック音楽作品を、最近の注目盤をまじえつつ、編集部員がご紹介します。

エヴァンゲリオン作品一覧

TVシリーズ:
 ・新世紀エヴァンゲリオン(全26話:1995~96)
旧劇場版:
 ・新世紀エヴァンゲリオン劇場版:シト新生(1997)※通称「春エヴァ」
 ・新世紀エヴァンゲリオン劇場版:Air/まごころを、君に(1997)※通称「夏エヴァ」
 ・新世紀エヴァンゲリオン劇場版:DEATH (TRUE)2 / Air / まごころを、君に(1998)※春エヴァ「DEATH」部分の改訂版に夏エヴァを合わせた、旧劇場版完全体

新劇場版:
 ・ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序(2007)
 ・ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破(2009)
 ・ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q(2012)
 ・シン・エヴァンゲリオン劇場版:||(2021)

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「都合のいいつくりごとで、現実の復讐をしていたのね」
「いけないのか?」
「虚構に逃げて、真実をごまかしていたのね」

「僕ひとりの夢を見ちゃいけないのか?」
「それは夢じゃない。ただの現実の埋め合わせよ」

――『新世紀エヴァンゲリオン劇場版:Air/まごころを、君に』より

J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番

TVシリーズの第15話「嘘と沈黙」に、主人公の碇シンジがJ.S.バッハの《無伴奏チェロ組曲》第1番を演奏する場面がある。シンジは5歳で始めたチェロを「やめる理由がなかった」といって続け、ときどき1人で弾いているようだ。彼は、庵野秀明をはじめとする『エヴァンゲリオン』制作陣や視聴者を投影した“分身”ともいわれ、物語では他者との関係をうまく築けず、殻にこもりがちな性格として描かれる。ここに紹介するのはビッグネームとの共演を重ね、年々人気を博しているコベキナによる全曲録音。複数のチェロを、曲ごとに選びとって独奏に臨んでいる。

J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 BWV1007〜1012(全曲)

アナスタシア・コベキナ(vc)
〈録音:2025年1月〉
[ソニー・クラシカル(D)SICC30927(2枚組)]

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ヘンデル:メサイア~ハレルヤ

第22話「せめて、人間らしく」には、エヴァのパイロットで主要登場人物のひとり、惣流・アスカ・ラングレーがエヴァ弐号機での戦闘の果てに、第15使徒アラエルから精神攻撃を受ける場面がある。ここで《メサイア》のハレルヤ・コーラスが流される。過酷な運命を乗り越えるべく「人間らしく」あろうと必死な彼女を、神の視点で裁くかのように「ハレルヤ(主を讃えよ)」が響き渡る、というトラウマ量産シーンである。一方で、ここに紹介するネルソン指揮イングリッシュ・コンサートによるピリオド演奏では、人間による神への賛美が、透き通るようなサウンドで表現されている。

ヘンデル:メサイア(全曲)

ジョン・ネルソン指揮イングリッシュ・コンサート,イングリッシュ・コンサート合唱団,他
〈録音:2022年11月(映像はL)〉
[エラート(D)5419774160(2CD+1DVD)]

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ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱》~第4楽章

攻撃を受けたアスカは心を深く傷つけられ、戦闘不能の状態に陥る。同じくエヴァのパイロットである綾波レイも、自らの命を引き換えにして使徒を道連れにする。シンジも精神的に大きな傷を負ってしまう。

こうして迎えたTVシリーズのクライマックス、第24話「最後のシ者」にはシンジの最大の理解者で、正体は第17使徒、渚カヲルが登場する。第九を鼻歌まじりに歩み寄りながら……。カヲルを含めた使徒たちが、勧善懲悪的な“悪”ではないことが示唆される重要回である。紹介するディスクはデ・フリーントの読響ライヴ。モダン・オケをピリオド奏法でエネルギッシュに駆動させた話題盤だ。カヲルは音楽を「リリンの生み出した文化の極み」と語ったけれど、この第九はどうだろう?

ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱》

ヤン・ヴィレム・デ・フリーント指揮読売日本交響楽団,新国立劇場合唱団,他
〈録音:2023年12月(L)〉
[エクストン(D)OVCL00844]

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ヴェルディ:レクイエム~怒りの日

TVシリーズで一応の完結をみたエヴァは、その観念的すぎる第25話と最終話について、制作陣が大きな批判を浴びることになった。ならばやり直そうと作られたのが劇場版である。1997年3月に『シト新生』が公開。TVシリーズの第1話〜第24話の再構成「DEATH」篇と、第25話の異稿版「REBIRTH」篇からなる構成だった。

『シト新生』劇場予告編には2つのヴァージョンがあり、一方にはベートーヴェンの第九から第4楽章の冒頭、もう一方にはヴェルレクの〈怒りの日〉が使用された。ノセダ指揮ロンドン響のアートワークを見て、あの予告編を思い出したのは編集子だけではないはず。

ヴェルディ:レクイエム

ジャナンドレア・ノセダ指揮ロンドン交響楽団,同合唱団,他
〈録音:2016年9月(L)〉
[LSO Live(D)LSO0800(海外盤)]

パッヘルベル:カノン

『シト新生』の「DEATH」はTVシリーズの単純な要約ではない。時系列はバラバラだし、本編のできごとより以前(おそらく18ヶ月前とされる時期)の設定で、シンジ、アスカ、レイ、カヲルと思しき4人の中学生が弦楽四重奏でパッヘルベルの《カノン》を演奏するシーンが折々に挿入される。それぞれの担当楽器はチェロ、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、第1ヴァイオリンだ。本編ではありえない取り合わせだけに胸を打つ。ちなみに、現実に目を向けると実は弦楽四重奏版の《カノン》はほとんどリリースされていない。この盤はスペース・タイム・コンティヌオによるもので、古楽器の「チェロのようなもの」の合奏版を収めている。

パッヘルベル/チェロ・コンソートによるマニフィカト=フーガ
〔ヨハン・パッヘルベル:第1旋法によるマニフィカト=フーガ 第1番,カノン ニ長調,他〕

スペース・タイム・コンティヌオ
〈録音:2022年1月〉
[Analekta(D)AN28911(海外盤)]

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鷺巣詩郎:DECISIVE BATTLE

『シト新生』は未完だった。具体的には「REBIRTH」が制作途上で、TVシリーズ第25話の部分までしかなかったのだ。その第2稿にあたる内容が、同年7月に『Air/まごころを、君に』として劇場公開され、エヴァはついに完結を迎えることとなった。

その封切りの直前に、コンサート「エヴァンゲリオン交響楽」が催された。芸術監督を務めた鷺巣詩郎は庵野作品の常連作曲家で、『ふしぎの国のナディア』から『シン・ウルトラマン』まで、さまざまな作品でコラボレーションを行ってきた。コンサートではヤシマ作戦のBGMとして知られる、冒頭のティンパニが印象的な《DECISIVE BATTLE》などの自作曲にまじえて、第九や《メサイア》が演奏され、パッヘルベルのカノンとラップを合わせるなど、ジャンルの枠を超えたアレンジが試みられている。

エヴァンゲリオン交響楽
〔鷺巣詩郎:DECISIVE BATTLE,ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱》~抜粋,ヘンデル:オラトリオ《メサイア》~〈ハレルヤ〉,他〕

鷺巣詩郎(芸術監督),デリック・イノウエ指揮新日本フィルハーモニー交響楽団,他
〈録音:1997年7月(L)〉
[スターチャイルド(D)KICA390(2枚組)]

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J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番~エール

『Air/まごころを、君に』は「Air」「まごころを、君に」の2章構成となっている。秘密結社ゼーレや、シンジの父である碇ゲンドウの隠された意図、さらに使徒の正体など、エヴァの深層が明かされつつ、物語の終わりへ向かっていく。

その前半「Air」に、J.S.バッハの管弦楽組曲第3番の第2曲〈エール(エア)〉が登場する。廃人状態だったアスカがエヴァ弐号機に乗り、ゼーレが放った量産型エヴァと死闘を繰り広げるシーンでのことだ。《メサイア》の項でトラウマ量産シーンと書いたが、ここはそれを凌ぐ衝撃的な描写で、直視に堪えない。とはいえ、この耽美にも思える破壊描写は、アニメ史に残る名場面として重要だとも思う。ここに挙げたのは切り詰めた解釈が特徴の、ジョン・バット指揮ダニーデン・コンソートの全曲録音。LINNレーベルならではの高音質も相まって、生々しい〈エール〉を聴くことができる。

J.S.バッハ:管弦楽組曲 BWV 1066~99(全曲)

ジョン・バット指揮ダニーデン・コンソート
〈録音:2021年5月,2022年2月〉
[Linn Records(D)CKD666(2枚組,海外盤)]

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J.S.バッハ:主よ、人の望みの喜びよ(マイラ・ヘス編曲)

『Air/まごころを、君に』の後半「まごころを、君に」、さらに旧劇場版までのエヴァ全体を総括するのが、マイラ・ヘス編曲によるピアノ独奏版の〈主よ、人の望みの喜びよ〉である。ここに紹介するのは、2024年にリリースされて話題となった、YouTuberとしても活躍する角野隼斗の盤だ。

旧劇場版のラストで、庵野は観客に向けて「現実に帰れ」というメッセージを突きつけた。このことには多様な解釈が生まれているけれど、編集子は、あれは庵野の切なる祈りだったと考えている。自己の内外にとって、あまりにも巨大になってしまった“エヴァ”から、一刻も早く解放されたいという願望がにじんでいたのではないか。ラスト直前、突如として実写映像が挿入される。雑踏のイメージカット、スクリーンから見た映画館の観客(こちらにカメラを向ける、冒頭のコベキナ盤のジャケ写じゃないけれど、第四の壁の破壊ともいえるかもしれない)、そして庵野に届いた脅迫メールの画面。その背景で〈主よ〉は静かに流れるのだ。

庵野は後年、エヴァに戻ってきて、新劇場版の制作に乗り出した。そして〈主よ〉が再び登場することになる。今度は、現実/虚構の二項対立を乗り越えようとする、新しい目的をともなって。

HUMAN UNIVERSE(通常盤/北極星ヴァージョン)
〔J.S.バッハ:カンタータ《心と口と行いと生活で》BWV147~〈主よ、人の望みの喜びよ〉(マイラ・ヘス編曲),他〕

角野隼斗(p)
〈録音:2024年1月,4月〉
[ソニー・クラシカル(D)SICC30898]

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庵野秀明構成による『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』ダイジェスト映像。新たにアレンジが施された〈主よ、人の望みの喜びよ〉が使用されている(株式会社カラー公式YouTube)

「エヴァンゲリオン」の再放送、そしてリバイバル上映などについて

エヴァ30周年を記念しての、TVシリーズの再放送や、劇場版のリバイバル上映などが予定されています。

・『新世紀エヴァンゲリオン』TVシリーズ 再放送
 テレビ北海道(TVH) 2025年10月4日より毎週土曜 25:50~
 テレビ神奈川(TVK) 2025年10月3日より毎週金曜 22:30~
 テレビ静岡 (SUT) 2025年10月4日より毎週土曜 25:50~ ※2話ずつ放送
 テレビせとうち(TSC)2025年10月10日より毎週金曜 25:18~

 また2026年1月以降に、全国の各テレビ局での放送も予定されているとのこと。
 詳細はこちら(エヴァンゲリオン公式サイトのページ)

月1 エヴァ EVANGELION 30th MOVIE Fest.2025-2026(リバイバル上映)
 各月に1作品ずつ(10月のみ2作品)、シリーズ6作品が全国の劇場にて上映される。
 詳細はこちら(同上)

・『FM EVA 30.0』(TOKYO FM と『エヴァンゲリオン』シリーズとのコラボレーション企画ラジオ番組)
 2025年10月4日より毎週土曜22:30~ 、TOKYO FMなど全国38のFM局にて放送

 詳細はこちら(同上)

Text:編集部(H.H.)

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2025.04.02 投稿
エヴァンゲリオンのTVシリーズ~旧劇場版から数年後の、2000年に社会現象を起こした「IWGP」にまつわるクラシック音楽を紹介しています。

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