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【Editor’s Column】オペラ馬鹿のレコード古地図

古々々米どころじゃない、再々々録、再々々々録の世界

政府放出の「古米、古々米、古々々米」、一体いくつ「古」が付くの?という話で、すぐ連想したのが、レコード・マニア界隈でよく話題になる、再録音、再々録音、再々々録音……(実際には「々」が付くほど古くなる米と「々」が多いほど新しくなるレコードは意味的には逆なのですが)。有名なのがカラヤンのチャイコフスキー《悲愴》で計8回(これにライヴや映像も加えると10種類を超える)最後のウィーン・フィルとの1984年盤は「再々々々々々々録音」ということになる。同じくカラヤンでは、ブラームス《ドイツ・レクイエム》が6回(含・映像)、またベートーヴェン交響曲全集は、ベルリン・フィルとの3回とフィルハーモニア管とのモノラル(一部ステレオ)録音、さらに来日公演(普門館)ライヴや映像作品なども加えると少なくとも6種のセットが揃う。

続いてはエイドリアン・ボールトのホルスト《惑星》で都合6回の録音がある(同曲初演者の貫禄!)。個人的に思い入れが深いのが、クーベリックのスメタナ《わが祖国》で5種類(+来日公演ライヴ)。こちらはシカゴ響、ウィーン・フィル、ボストン響、バイエルン放送響、チェコ・フィルと、毎回オケが異なっていて各々の個性も味わえるのが嬉しい。

さてここからが本論、オペラ(歌手)篇。オペラの場合は、ライヴや放送録音がレコード化(あるいは映像商品化)されることも多いので、前記のスタジオ録音とはちょっと事情が異なるが、やはり大歌手の何年かにわたる複数音源の聴き比べは発見も多くて楽しい。最初はマリア・カラス。生誕100年アニバーサリーだった一昨年Warner Classicsから164枚組のコンプリートBOXが出たことで、録音の全貌がトレースできるようになったが、《トスカ》《ノルマ》《ルチーア》などお馴染みの演目をおさえて、断トツに音源が多いのがヴェルディ《椿姫》。スタジオ録音は1953年1回のみだが、ライヴ録音が6種類。聴き比べのポイントは、もちろん指揮者の違いもあるが、共演者(アルフレードとジェルモン)によって千変万化するカラスの歌唱。A.クラウス、G.ライモンディ、ディ・ステファノ、ヴァッレッティ、F.アルバネーゼ(以上T)バスティアニーニ、ザナージ、セレーニ、タッデイ(以上Br)それぞれとの丁々発止のやりとりが大きな聴きものになっている。

次の「鉄板」はマリオ・デル・モナコの《オテッロ》。公式にはDeccaの2種(エレーデとカラヤン)のスタジオ録音と来日ライヴ(第2次NHKイタリア歌劇団)の計3種だけだが、その他プライヴェート盤などをカウントすると、ロール・デビューから最後のオテッロ歌唱まで何と25種類以上の音源が遺っているとも聞く。そのうちいくつかを聴き比べてみると、デル・モナコの声が、加齢と共にむしろ軽くなっていくように感じられるのは意外な発見だった。

オテッロでもう一人重要なのが、デル・モナコの3歳上のラモン・ヴィナイ。有名なトスカニーニとの録音の他に、フルトヴェングラー盤(ザルツブルク祝祭ライヴ)クーベリック盤(英国ロイヤル・オペラ)フリッツ・ブッシュ盤(MET)など計8種類ほどあって、当然のことながら一つとして同じ歌唱はなく、どれも八方破れというか向こう見ずというか、なぜこんな歌い方で破綻しないのだろう、とハラハラしながら毎回2時間強の全曲盤を聴き終わる。この二大オテッロに肉迫したのが、プラシド・ドミンゴの全7種だが、こうした一人の歌手による同一演目の複数レコード聴き比べができるのは彼が最後になるかも知れない。

ドイツ(系)オペラに目(耳)を移すと、まず録音数の多さではビルギット・ニルソン《トリスタンとイゾルデ》がセッション録音・放送録音・来日ライヴ・映像記録とり混ぜて計5種類、《ニーベルングの指環》が(ブリュンヒルデ役《神々の黄昏》のみ《ヴァルキューレ》のみ、あるいはジークリンデ役での出演も含めて)計9種類。ワーグナーの全曲セッション録音がめっきり少なくなった現在では考えられない豊穣な時代の記録。

男性ではまずはフィッシャー=ディースカウということになるが、好評配信中の連載『週刊フィッシャー=ディースカウ』で触れられている通り、モーツァルト《フィガロの結婚》で伯爵を歌ったレコード(+映像)が計8種。また、オペラではないがシューベルト《冬の旅》が計14種というのも前人未踏、空前絶後。

最後は指揮者の話に戻って、カール・ベームのベートーヴェン《フィデリオ》。ライヴ(含・来日公演)セッション合わせて6種類。いずれも記念碑的な名演、熱演だ。そして締め括りは、御大にご登場いただこう。クナッパーツブッシュのバイロイト祝祭ライヴ《パルジファル》。1951年(戦後バイロイト再開の年)から64年(死の前年)まで、1953年を除いて毎年《パルジファル》を指揮、公式・非公式あわせて何らかの形で13種類もの音源が遺っていて、CDにして52枚分にもなる。こうなるともはや、演奏者側のライフワークであると同時に聴く側にとっても一大ライフワークなんじゃないか。

本文冒頭のメイン写真は、カラス主演ギオーネ指揮《椿姫》リスボン1958年ライヴ[ワーナークラシックス(M)WPGS10030]SACD。①:1954年録音デル・モナコ主演エレーデ指揮《オテッロ》LP[Decca]、➁:1960年録音ニルソン主演ショルティ指揮《トリスタンとイゾルデ》[Decca]

文=編集部(Y.F.)

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