
ピエール・ブーレーズ(1925~2016)生誕100年を迎える今年2025年。レコード芸術ONLINEでは、あらためてその音楽にふれるためのガイドを作るべく、この稀代の指揮者&作曲家の関連企画を展開します。
今回は、音楽学者でオペラにも造詣が深い長木誠司さんによる「ブーレーズとオペラ」をお届けします。ワーグナーやドビュッシー、ベルクなどの名盤を残したブーレーズのオペラ録音の数々を、歴史的観点から辿っていきます。
Text=長木誠司(音楽学)
「歌劇場を爆破せよ」という発言の真意
「ブーレーズとオペラ」の関係を論じる場合、筆頭に出てくるのはやはりあの発言だ。1967年に行われたドイツの『シュピーゲル』誌によるインタヴュー(記事はドイツ語)のなかで、ブーレーズが語った「歌劇場を爆破せよ Sprengt die Opernhaeuser in die Luft!」というものである。これだけ見ると、9.11時のシュトックハウゼンによる「ルツィファーの偉大なる芸術」発言同様に誤解されやすいのだが、実際のインタヴューではこんな命令調で語られているわけではなく、またブーレーズはけっしてオペラというジャンル自体を全面否定しているわけではなかった。もちろん、《ヴォツェック》をオペラの究極の姿として評価していた彼が、19世紀的なオペラを諸手を挙げて賞賛しているわけではなく、《運命の力》序曲みたいなものを振らねばならないのなら指揮者を辞めると言っていただけのことはあるが、むしろ彼の否定していたのは「歌劇場」という旧態依然とした組織・制度のことなのであり、伝統的な運営方法が足枷となってレパートリーの選択や歌手、演出、空間等々の使用に制約がかかる不自由な過去の遺物を嫌っていただけであった。
それゆえ、自由が許される演劇空間という条件があれば、ブーレーズはオペラの可能性をむしろ積極的に開拓しようとしていた。上記の発言はオペラ自体をよく知らないひとにはできないものであり、同じインタヴューではヘンツェの人気作《ホンブルクの公子》などヴェルディの《ドン・カルロ》の焼き直しだなどという強気の発言も飛び出しているし、マウリシオ・カーゲルのアンチ・オペラ的な「音楽的演劇」を、ブーレーズはオペラを知らない者の為す素人芸として評価していなかった。ジャン=ルイ・バローの劇団との仕事を最初のキャリアにし、ジャン・ジュネを賞賛していたブーレーズが、オペラを含めた演劇全般に疎いはずがなかった。その証拠に、晩年まで彼はドイツの劇作家ハイナー・ミュラーとのオペラ創作を構想し続けていた(結局、それは実現しなかったけれど)。
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