名演奏家再批評 File05

ピエール・ブーレーズ礼讃①

連載名演奏家再批評
この記事は約5分で読めます。
名演奏家再批評_ブーレーズ

 金曜連載「名演奏家再批評」。このコーナーは、新世代の書き手がクラシック音楽の名演奏家を各4回のリレー形式で論じるものです。
 第5弾では、レコード芸術ONLINEの新譜月評担当筆者でWebメディア『FREUDE』主宰、音楽評論分野で活躍中の八木宏之さんが、自分の人生に大きな影響を与えたという、ピエール・ブーレーズについて再批評していきます。全4回のうち、1回目は無料公開、2回目以降は有料公開です。

■Editor’s Note
ピエール・ブーレーズ Pierre Boulez(1925~2016)は、フランスのモンブリゾンに生まれ、同国を拠点に活躍した作曲家・指揮者。作曲分野は、前衛三羽烏の1人としての初期から、「管理された偶然性」と形容される中期、そしてIRCAM(フランス国立音響音楽研究所)を設立して電子音響を追求した後期と、20世紀音楽史の中核的な存在であり続けた。一方で指揮活動も活発に行ない、自作品からベートーヴェン、ワーグナーまで、幅広いレパートリーを録音に遺している。

Text=八木宏之

不思議な引力

————–ここまで無料公開————–

 私がピエール・ブーレーズの名を初めて目にしたのは、高校1年生のときだった。クラシック音楽に興味を持ち始めた当時の私は、まずカラヤンの演奏を夢中で聴いていた。「カラヤン文庫」と銘打たれ、1枚1,000円で売られていた一連のカラヤンの録音で、ベートーヴェンやブラームス、チャイコフスキー、ドヴォルザークなどのいわゆる名曲を一通り楽しんだ私は、父のCDラックのなかに、ブーレーズという指揮者の録音をいくつも発見した。

 そこに収められていたドビュッシーやストラヴィンスキー、バルトーク、マーラーの作品は、私にとっては未知の世界だった。自分のコンポにCDを入れて、それらを再生してみると、いずれも難解で、一度や二度聴いただけでは作品の全体像は掴めなかった。しかし、ブーレーズの演奏がカラヤンのそれとは全く異なる美意識を持ったものだということは、ビギナーの私にも理解できた。聴いてすぐ、その音楽に引き込まれたわけではなかったが、ブーレーズの演奏には、また明日も聴いてみたいと思わせる不思議な魅力があった。

 ブーレーズについてもっと知りたくなった私は、ディスクユニオンで少しずつ彼のCDを買い集めるようになった。そのなかには、父のラックにはなかった新ウィーン楽派の作品やブーレーズの自作の録音も含まれており、私はようやく、ブーレーズが作曲家でもあることを知った。ドビュッシーやマーラーの音楽ですらとっつきにくいと感じていた私には、《主人なき小槌(ル・マルトー・サン・メートル)》や《プリ・スロン・プリ》はショッキングなものだったが、スピーカーの向こうで起きていることはなにもわからないにもかかわらず、不思議ともっと聴きたい、もっと知りたいという思いが膨らんでいった。

1 ブーレーズ:主人なき小槌,デリーヴ(漂流)第1番,同第2番

ヒラリー・サマーズ(Ms)ピエール・ブーレーズ指揮アンサンブル・アンテルコンタンポラン,他
〈録音:2002年9月〉
[グラモフォン(D)UCCS50395]CD
【メーカー商品ページはこちら

2 ブーレーズ:プリ・スロン・プリ(1989年改訂版)

クリスティーネ・シェーファー(S)ピエール・ブーレーズ指揮アンサンブル・アンテルコンタンポラン
〈録音:2001年1月~2月〉
[グラモフォン(D)UCCG1108]CD ※現在取扱なし
[DG]配信

 大学生になり、タワーレコードでアルバイトを始めた私は、一年分のバイト代を注ぎ込んで、初めてのヨーロッパ一人旅へと出かけた。その目的はただひとつ、ブーレーズの演奏をホールで体験すること。英語もろくに話せない20歳の私には大冒険だったが、なんとかベルリンのフィルハーモニーに辿り着き、ブーレーズが指揮するベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏を聴くことができた。プログラムは、ブーレーズの《…エクスプロザント=フィクス…》とストラヴィンスキーの歌劇《夜鳴きうぐいす(夜うぐいす)》の演奏会形式上演。ブーレーズの指揮はシンプルで抑制されたものだったが、ベルリン・フィルから引き出されるサウンドは驚くほど色彩豊かで、その精緻を極めた演奏はブーレーズがストラヴィンスキーの跡を継ぐ者であることを、有無を言わさぬ説得力を持って示していた。そこに高揚や熱狂はなかったが、響きのテクスチャにこそオーケストラを聴く喜びがあることを、そしてなにより、コンテンポラリー・ミュージックはトップレベルの演奏で聴くとこんなにも面白いことを、ブーレーズは静かに教えてくれた。

 ブーレーズの実演に接することができたのはこの一度きりだったが、この演奏会は私の人生を形作る大きな1ピースとなった。青年時代の私にとってブーレーズは、わからないものをわかりたいと背伸びする喜びを与え、音楽に対する視野を大きく押し広げてくれる存在だった。

ピエール・ブーレーズ礼讃②に続きます。2026年5月15日公開予定です)

八木宏之|Hiroyuki Yagi

 青山学院大学文学部史学科芸術史コース卒。愛知県立芸術大学大学院音楽研究科博士前期課程(修士:音楽学)およびソルボンヌ大学音楽専門職修士課程(Master 2 Professionnel Médiation de la Musique)修了。
 2021年4月にWebメディア『FREUDE』を立ち上げ。クラシック音楽を中心にプログラムノートやライナーノーツ、レビュー、エッセイを多数執筆するほか、コンサートのプレトークなども積極的に行なっている。

・公式Xはこちら
・Webメディア『FREUDE』はこちら

■レコード芸術ONLINEの関連記事

ブーレーズ最高!|ピエール・ブーレーズ または指揮台のうえの〈進行中の作品〉①(2025/6/16更新)【記事ページ

ブーレーズ最高!|ほんとうは教えたくない、指揮者ブーレーズ10選(2025/6/20更新)【記事ページ

不滅の名盤300|『シェーンベルク:月に憑かれたピエロ』(ブーレーズ=アンサンブル・アンテルコンタンポラン)(2026/1/4更新)【記事ページ

タイトルとURLをコピーしました