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ユージン・オーマンディ/コロンビア・ステレオ・コレクション 1964-1983
ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィアo,ロンドンso,他
〈録音:1964年~1983年〉
[Sony Classical(S)(D)19658770042(94枚組,海外盤)]
※完全生産限定盤
※ソニー・ミュージックジャパン限定特典:日本語スペシャル・ブックレット封入
カラヤンに比肩する、真のオールマイティ
ユージン・オーマンディとフィラデルフィア管弦楽団による1967年5月の初来日公演は、アンサンブルの圧倒的な技量、燦然と輝くサウンド、そして風圧が迫るような凄まじいフォルテッシモが日本の聴衆、音楽評論家に強烈な印象を与えた。もちろん、それまで日本でもオーマンディ&フィラデルフィアのLPレコードは大量に発売され、その技量の高さと音色の輝かしさは「フィラデルフィア・サウンド」として夙に有名だった。そして、実際にナマに接すると想像以上の迫力と華麗さに多くの聴衆が一気に魅了されたのである。当時のグラビアと批評は「レコ芸フォト・アーカイブ」第3回に掲載したので、そちらを参照していただきたいが、今回、ソニー・クラシカルがリリースするオーマンディの『コロンビア・ステレオ・コレクション 1964-1983』(94枚組)は、まさに衝撃の初来日時前後の録音を集めたものである。タイトルは「1964-1983」となっているが、うち92枚はオーマンディ&フィラデルフィアがRCAへ移籍する前の1969年までの録音で、93枚目に1983年リリースのヨーヨー・マとの協奏曲、94枚目にロンドン交響楽団と1966年に録音したドヴォルザークの《新世界より》が収録されている。
改めてオーマンディの米コロンビア録音の膨大さに驚かされる。1944年から1958年のSP~モノーラル録音を収めた既発売の『ザ・コロンビア・レガシー』(完売)が120枚組、前回発売されたステレオ初期録音を集めた『コロンビア・ステレオ・コレクション 1958-1963』が88枚組である。しかもそのレパートリーは、時代的にはバロック音楽から同時代音楽に及び、ジャンル的にも交響曲、管弦楽曲、協奏曲、声楽曲と幅広く、数分の小品から1時間を超える大作まで、内容の軽重も問わず、真の意味でオールマイティーである。これに比肩するのはカラヤン&ベルリン・フィルくらいだが、カラヤンはオーマンディが手掛けた民謡集(モルモン・タバナクル合唱団との共演)[CD28、以下番号のみ表記]やフォスターの《草競馬》やベンジャミンの《ジャマイカ・ルンバ》の軽音楽的アレンジ[27]といったセミ・クラシックには手を染めなかった(その代わり、カラヤンはオーマンディがあまり手掛けなかったオペラに力を入れた)。つまり、オーマンディは、ステレオLPのクラシック・レパートリーでDGのカラヤンやRCAのミュンシュ、ライナーに対抗するとともに、一人二役でセミ・クラシックの分野でもRCAのフィードラー、キャピトルのドラゴンなどに対抗していたのである。こうした幅広い仕事を大量にこなせること自体、オーマンディの音楽的能力の高さやフィラデルフィア管弦楽団の優秀な技量、そして両者の柔軟な適応能力を物語るものと言えよう。
しかし、オーマンディの膨大な録音群が網羅的に復刻、CD化されるようになったのはつい最近のことである。オーマンディ没後の20世紀末のクラシック・レパートリーはブルックナー、マーラーなどの大作に人気が集まり、オーマンディが得意とした管弦楽小品が流行らなくなったこと。そして、セミ・クラシックを振ったことも、偏見を生んだのかも知れない。21世紀も四半世紀を超え、憑き物が落ちたところでオーマンディ&フィラデルフィアの録音遺産に触れたとき、多くのクラシック愛好家が、その完璧で魅力溢れる演奏を再発見したのである。とくに今回のセットはアナログ・ステレオ全盛期の録音にあたり、“レコード芸術”の極致を示した優秀録音揃いなので、なおさら注目を集めることだろう。
固定観念を覆す日本未発売録音の数々
まず独墺のレパートリーが素晴らしい。ベートーヴェン[43~48]とブラームス[86~88]の交響曲全集は、先に日本でCD化されベストセラーとなった。オーマンディは造形が端正で、ポリフォニー感覚に優れ、拍節が明瞭、リズムも良く、フィラデルフィアのサウンドにも艶やかな明るさとともに落ち着きと深みがあり、楽曲が歪み無く、美しく鳴り響く。オーマンディはトスカニーニを尊敬しており、それは磨き抜かれたアンサンブルと活力溢れる進行に明らかだが、例えばベートーヴェン第7番の第3楽章トリオで遅いテンポを採るように、独墺の演奏伝統を生かすことも忘れない。これは彼が神童時代にオーストリア=ハンガリー帝国時代のブダペストで音楽を学んだからであろう。彼がウィーン・フィルと相性が良く。1953~69年に20回も共演したことは、両者が文化的土壌を共有していたことを雄弁に物語っている。
1967年の日本公演曲目では、上記全集に含まれるベートーヴェン第5番、第7番、ブラームス第2番のほか、J.S.バッハ《トッカータとフーガ ニ短調》[74]、 ハイドン《時計》[37]、ムソルグスキー《展覧会の絵》[57]、チャイコフスキー第4番[30]、レスビーギ《ローマの噴水》[83]、ヒンデミット《画家マティス》[5]、バルトーク《管弦楽のための協奏曲》[7]、プロコフィエフ《古典交響曲》[2]、ストラヴィンスキー《火の鳥》組曲[26]などが聴けるのが嬉しい。とくにバッハは、大阪、東京とも最初の公演の1曲目で「パイプ・オルガンのような鮮麗な響き」(志鳥栄八郎氏)が、初っ端から聴衆の度肝を抜いた記念碑的名演である。
日本でLP時代を含めて1度も発売されていない録音も10数点あるようで、J.S.バッハ《ヨハネ受難曲》[80&81]《復活祭オラトリオ》[1]、モーツァルト第30&31番[24]、ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番(イストミン独奏)[64]、シューベルト第6番[89]、メンデルスゾーン:2台ピアノのための協奏曲[15]、ニールセン第1番[52]、第6番[49]、ベルク《ルル》組曲、ウェーベルン《夏の風の中で》他[59]、バルトーク《ディヴェルティメント》[91]、モルモン・タバナクル合唱団共演の一部[61&70]などがそれにあたると思う。なかではニールセンとウェーベルンが充実しきった名演で、この機会に多くの方に耳にしていただきたいと思う。
“オーマンディ・サウンド”を証明するロンドン響との《新世界》
最後にロンドン交響楽団とのドヴォルザーク《新世界より》に触れたい。ご存知の方も多いと思うが、ロンドン交響楽団はこの時期、3人の指揮者と《新世界より》を録音しており、1966年11月にオーマンディとケルテス、少し遅れて1969年1月にロヴィツキとLPレコードを作った。3人の中で最もオーソドックスなのはケルテスで、ロンドン交響楽団からピラミッド状のサウンドを引き出し、堂々とした造形の中にメリハリの利いた演奏を示している。ロヴィツキは響きが土臭く、テンポは最も速く、表現主義的な激しい演奏だ。オーマンディは、第1楽章冒頭pp指定にも拘わらずmp~mfくらいで弾かせて豊かな響きを引き出すのが実にユニーク。その後も金管や打楽器に独自の改訂を入れながら彼ならではの華麗なサウンドを生み出している。第2楽章での有名な旋律を最もゆったりと歌わせているのもオーマンディだ。レコ芸ONLINEに再掲載されたインタビュー「来日指揮者は語る~オーマンディ『生れかわっても、やはり指揮者だ』(第1回)」にある通り、オーマンディは「フィラデルフィア・サウンド」といわれるのを嫌い、「オーマンディ自身の音」だということを強調していたが、ロンドン交響楽団を指揮した《新世界より》は、他のオーケストラを振っても「オーマンディ自身の音」が鳴り響いていたことを証明する録音なのだ。今回の質量ともに壮麗なBOXセットの掉尾を飾るにふさわしい1枚と言えるだろう。
芳岡正樹 (音楽評論)
協力:ソニーミュージック