1960年代カウンターカルチャーの申し子?
伝説の管楽器奏者、デイヴィッド・マンロウとは何者か

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Text=編集部 (H.H.)

33年の生涯を駆け抜けた風雲児

のっけからプライヴェートの話題で恐縮だが、私は27クラブの年齢から2年ほど老いてしまった。このクラブは、27歳で夭折したアーティストたちのことをいって、ザ・ローリング・ストーンズを結成したブライアン・ジョーンズをはじめ、ジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョプリン、ジム・モリソン、さらにカート・コバーン、エイミー・ワインハウス(数え年でいえば尾崎豊もそうだ)などいろいろな人が知られている。彼らが短い生涯で遺したものの大きさを思うたびに、言葉を失ってしまう。

私にはあと4年で「33クラブ」の年齢がやってくる。もっとも、そんなクラブはない。私がいま作った。「日本初の歌う女優」松井須磨子やソウル歌手サム・クック、コメディアンのジョン・ベルーシ、ギタリストhideなど、33歳の若さで亡くなったカリスマ・アーティストが何人か浮かぶからだ。

関連音源①

1 Aftermath(US版・2002年リマスター)

ザ・ローリング・ストーンズ〔ブライアン・ジョーンズ (g・harp・key・シタール・ダルシマー・箏など)他〕
〈録音:1965年12月,66年3月〉
[ABKCO(S)UICY20411]CD

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ブライアン・ジョーンズがストーンズに在籍していた時のアルバム。彼にはモロッコの儀式音楽を採録したソロ(?)アルバム『ジャジューカ』もある。既存の枠に収まらない楽器の貪欲な探究の面で、両者には相通じるものがないだろうか。また彼は、マンロウと同年の1942年に生まれている。

2 PSYENCE(2024年リマスター)

hide(vo,g,b)他
〈録音:1996年1月,6月~7月〉
[ユニバーサル(D)UPCY8095]CD

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X JAPANでの演奏活動やLEMONedの運営など、多忙を極めるhideが「最小人数で、最短の時間で、最高密度の最高の作品を作った!」と語ったアルバムで、レコーディングや編集の過程に実験的要素が多いことでも知られる。マンロウが生きていたら、似たことをやったかもしれない。

それから本稿の主役、今年で没後50年となるデイヴィッド・マンロウ(1942~76)もまた、「33クラブ」の一員となってしまったひとりである。

彼は1942年8月12日、UK(イギリス)のバーミンガムに生まれ、幼少期からリコーダーやファゴット、聖歌に親しんだ。それからケンブリッジ大学へ進む前に、ギャップイヤーで南米ペルーに滞在して現地の音楽に衝撃を受ける。クルムホルンをはじめとして、40にのぼるといわれる管楽器の習得・収集を独学でするようになって——比較的スタンダードな認識でいえば——中世・ルネサンスの年代を中心とする、クラシック音楽の「古楽」を主なフィールドとしたのだった。

67年、マンロウはクリストファー・ホグウッドと共にロンドン古楽コンソート Early Music Consortを設立する。カウンターテナーのジェイムズ・ボウマンも参加したこの団体は、メンバー全員が複数の楽器を操るマルチ・プレイヤーで、その機動力を生かして、それまで誰も見たことのないようなプログラムを展開しはじめた。

1960年代のUKといえば、階級社会の閉塞感をぶち抜くカウンターカルチャーが花開いた時代。そうした背景がマンロウを後押ししたかもしれない。少なくとも、彼の型破りな実験精神は、この風土と何ら不整合がないように思われる。とにかく、保守的な楽壇から冷ややかな視線を向けられることもあった彼は、より多くの聴衆へ自分の信じる音楽の感興を伝えるため、しばしばコンサートホールを飛び出して、ラジオやテレビに出演するようになった。

そして彼が重視していた活動の1つに、録音芸術、すなわちアルバムの制作があった。

アルバム制作を1つの主戦場として

デイヴィッド・マンロウの芸術‐ワーナー録音全集

デイヴィッド・マンロウ(bfl・指揮・他)ロンドン古楽コンソート,他
〈録音:1969年,70年7月~76年2月〉
[ワーナー・クラシックス(S)2685432094(21枚組,日本語解説付)]

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本BOXのリリースに際して、「中世・ルネサンスの楽器」の長大なブックレット全文と、全ディスクの演奏者や使用楽器のリスト(両方ともpdfで英語)が、Warner Classics(海外サイト)の商品ページで入手可能となっている

2026年5月15日、彼が亡くなってちょうど50年となる先日、CD-BOX『デイヴィッド・マンロウの芸術‐ワーナー録音全集』が、世界同時発売を迎えた。ここには、EMIやノンサッチからリリースされ、現在ワーナー・クラシックスが所有する音源が揃えられている。たとえばこのような。

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『ルネサンス舞曲~涙のパヴァーヌ』ジャケット

1971年にマンロウは、EMI第1弾となるアルバム『ルネサンス舞曲~涙のパヴァーヌ』【BOX CD2】を出して、中世・ルネサンス音楽のレコードとしては異例の大ヒットを飛ばす。これはルネサンス期にティルマン・スザートとトマス・モーリーがそれぞれ編纂した宮廷舞曲と混合(ブロークン)コンソートを収めたもので、どちらもリリース当時の(現在もそうかもしれない)多くの聴衆にとって未知のサウンドを有していた。

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『宮廷の愛』ジャケット

73年には、マンロウ自身が「古楽における新たな出発点!」と呼んだ意欲作『宮廷の愛』【CD5-6】が発売される。13~14世紀のフランスにフィーチャーした3枚組のLPセットで、それぞれ「ギョーム・ド・マショーとその時代」「14世紀後半の前衛」「ブルゴーニュ宮廷の音楽」の題を持ち、コンセプチュアルに企画されている。

彼はエンターテイナーで、さらに荒野を行く冒険家であると同時に完璧主義者でもあって、演奏はもちろんのこと、アルバム制作でも妥協を許さず、編集から解説の執筆、さらにジャケットの選定などなど、細かなところまで気を配った。記録としての精度に加えて、人びとを惹きつけ、研究成果を明快に伝える芸術としての価値を高めようとしたのである。

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『リコーダーの芸術』ジャケット

ディレクションとともに、彼の太く短いキャリアを彩るのが管楽器奏者としての顔だ。75年に発表した『リコーダーの芸術』【CD12-13】は中世・ルネサンス期だけでなく、バロック期のJ.S.バッハやヘンデル、さらに同時代人のブリテン、バターリー、ディキンソンなどのリコーダー音楽を収めたアルバムで、テープミュージックすら含んでいた。彼の超絶技巧と射程の広さを示し、「古楽」奏者マンロウのイメージを覆すアルバムである。

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『中世・ルネサンスの楽器』ジャケット

76年、マンロウは死の直前に、大作『中世・ルネサンスの楽器』【CD16-17】をリリースする。100ページ近いブックレットを含むもので、往時の楽器を耳と目で徹底的に解説するプロジェクトである。彼のやったことは、一種の啓蒙活動といってもいいかもしれない。ただし、それは上から下へ権威的に教化するようなものでは決してなかった。それは、彼がいちばん嫌ったことなんじゃないかと思う。

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『グリーンスリーヴス』ジャケット

本BOXの日本版には、日本語による解説が付属する。内容は本稿の主な参照元としたエドワード・ブレイクマン氏のテキスト(邦訳)に加えて音楽評論家、矢澤孝樹氏の書き下ろし論評「マンロウは生きている」、そして2025年秋に亡くなった音楽ライターの井上亨氏が生前、『グリーンスリーヴス』【CD20】のリイシュー盤に寄せた文章だ。どれもマンロウへの深いリスペクトを湛えた必読のものである。

その実験精神に立ち返る

華やかなキャラクターを演じる裏側で、うつ病を患っていたマンロウが自ら命を絶ったあと(1975年にはオーバードーズ事件を起こしてもいた)、精神的支柱を失ったロンドン古楽コンソートは解散した。ホグウッドやボウマンなどコンソートのメンバーはしかし、心に傷を負いながらも音楽を続けていった。そしてマンロウ自身が蒔いた種子は、これまで沢山の花を咲かせてきた。

関連音源②

3 Anthems In Eden

シャーリー・コリンズ(vo)ドリー・コリンズ(org)デイヴィッド・マンロウ(bfl・クルムホルン・指揮・他)ロンドン古楽コンソート,他
〈録音:1969年2月〉
[ワーナー・ミュージック(S)TOCP71566]CD ※現在取扱なし
[Warner Music]配信

UKフォークシーンの代表格シャーリー&ドリー・コリンズ姉妹と、マンロウ率いるロンドン古楽コンソートがコラボレーションした1969年作。この邂逅は驚きをもって受け入れられ、“プログレッシヴ”と形容されるフォークやロックの音楽に大きな影響を及ぼした。70年代初頭には中世・ルネサンス音楽の要素を大胆に取り入れたバンド「アメイジング・ブロンデル」「グリフォン」が結成されたりしている。

4 モーツァルト/交響曲全集

クリストファー・ホグウッド指揮エンシェント室内管弦楽団
〈録音:1978年9月~85年8月〉
[デッカ(S/D)UCCD3700(19枚組)]CD ※現在取扱なし

エンシェント室内管はホグウッドが1973年に設立したグループで、このモーツァルト交響曲全集の録音はマンロウの死の2年後に開始された。このオリジナル楽器による世界初の全集企画は、同時代のアーノンクール、ガーディナーの実践と共に、その後のHIP(歴史的情報に基づく演奏)に深くインパクトを与えている。

マンロウは、これからも記録メディアを翼として、多くの人にインスピレーションを与え続けるにちがいない。矢澤氏の論評「マンロウは生きている」にもあるように、彼の、真摯であるがゆえに自由で強烈なアティチュードは、今日いうところの「越境古楽」や「モダン/ピリオドの壁を越えた交流」の先駆的存在ともいえる。いまの音楽に飽き足らなくなったときや、新しい音楽のかたちを考えたくなったとき、彼に立ち返ってみると何かヒントを得られそうだ。

27クラブや「33クラブ」のいろいろな人にもいえることだけど、2026年に自分の音楽が聴かれるなんて、アーティスト自身は予想しただろうか。いずれにせよ私は、33歳になる前にも、その後にも、マンロウの音楽を聴くつもりだ。こんなアーティストは、他にいない。

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