
柴田南雄の連載、「名演奏のディスコロジー」の再掲載3回目です。
『レコード芸術』1976年1月号から77年12月号まで、計22回続いた本連載の第3回の主題は、コリン・デイヴィス=ボストン響によるシベリウスの交響曲第5番、第7番の盤。デイヴィスはボストン響で交響曲全集を完成させた後、ロンドン響で2度、交響曲全集を完成させています。
※文中に頻出する「デーヴィス」を「デイヴィス」、「カヤーヌス」を「カヤヌス」、「バルビロリ」を「バルビローリ」にあらためています
※そのほかの文中の記述・事実関係などはオリジナルのまま再録しています。(今日では不適切と思われる表現も含まれますが、原典を尊重してそのまま掲載いたします)
※文中レコード番号・表記・事実関係などは連載当時のまま再録しています。
わたくしには、シベリウスの音楽の魅力にすっかりとり憑かれていた、時期があった。20歳前後の数年間、マーラー、フォーレ、シベリウス、プロコフィエフ、とたぶんこの順序で、これらの作曲家がわたくしの魂を震撼させた。
シベリウスにとり憑かれたキッカケははっきりしていて、これはロベルト・カヤヌス(1856~1933)の指揮による《第二交響曲》のレコードを聞いたことだった。そのSPは友人Tの所持するイギリス・コロムビアの青ラベル盤で、どこのオーケストラだったか忘れてしまったが、フィンランドかイギリスのではなかったか。ともかく、わたくしがあの途方もなくスケールの大きい、骨の髄までシベリウス的なカヤヌスの演奏によってはじめてシベリウスに接することができたのは、じつに幸運だったというほかない。

カヤヌス・コンダクツ・シベリウス 2
〔シベリウス:交響曲第2番,ベルシャザールの饗宴,カレリア組曲(抜粋)〕
ロベルト・カヤヌス指揮ロイヤルpo
〈録音:1930年5月,32年6月〉
[Naxos(M)8111394(海外盤)]
近頃、多少いろいろな指揮者でシベリウスの交響曲を聞いてみて、どうしても最後にはあのカヤヌスのシベリウスの思い出に帰ってしまう。端的に言うなら、カヤヌスを凌駕する《第二》を、いやシベリウスを、わたくしは以後、聞いたことはない。
たとえば、あの《第二》の出だしの、アタマが休みの弦のリズムのクレシェンドを木管が受けとめる呼吸の絶妙さとか、スケルツォのトリオの、変ト長調のオーボエの不思議な粘り方とか、フィナーレへの移行部の、耐えに耐えた力がついに解き放たれて、おもむろに巨人が歩みはじめる、といった様相など、カヤヌスほど核心に迫り、本質を衝いた表現に再び出会ったことはない。
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