女性作曲家に魅せられて連載
【連載】女性作曲家に魅せられて

第4回 マリー・ジャエルに魅せられて 録音編/谷戸基岩(無料公開)

音楽評論家・谷戸基岩氏と音楽学者・小林緑氏によるリレー連載、第4回のテーマは、ピアニスト/作曲家のマリー・ジャエル(1846~1925)です。リストの高弟にして時代を先取りしすぎたその作品は、近年ようやくその一端が知られるようになったばかりです。今回も小林緑氏による「生涯・作品編」とディスクを通じてその魅力に迫る谷戸基岩氏による録音編を加えた2部構成でお届けします。

マリー・ジャエル(55歳頃)

マリー・ジャエルの録音をめぐって

一般的にマリー・ジャエルの作品復興運動はまず1990年代後半のSOLSTICEレーベルからアレクサンドル・ソレルAlexsandre Sorelが発売した『ピアノ作品集』(SOCD156)によって始まったとされているし、私も長らくそう信じて疑わなかった。しかし今回の「没後100年記念コンサート」(2026年1月24日、名古屋ハレ・ルンデ)で取り上げる《12のワルツとフィナーレ》について話している時に小林緑が突然、「そういえばラベック姉妹の録音があったはず」と言い出したので慌てて彼女たちのディスコグラフィをチェックしたところソニークラシカルから発売された『アンコール名曲集』(SRCR8920)に、〈第10曲アンダンティーノ・メランコニコ〉が入っているではないか。1992年発売なので、ソレルの盤よりは5年以上早い。リー・シュミット=ロジャーズLea Schmidt-Rogers(後述)によるとラベック姉妹はストラスブール国立学術図書館の依頼で《12のワルツとフィナーレ》から6曲を1979年に録音しているとのこと。しかしこれは商用ではなく施設の資料としての録音だったのではあるまいか……。

『ピアノ作品集』(SOLSTICE SOCD156)

もうひとつフランソワ・キリアンによる〈呼びかけ〉(《地獄で聴いたもの》第3曲)の録音が1989年なされている旨、Ingelaereのディスコグラフィ(後述)には記されているが、やはり本格的にこの作曲家への注目を集めさせたのは1997年録音のソレルによる『ピアノ作品集』であったのは間違いない。《6つのロマンティックな小品》、《6つのメランコリックなワルツ》、《子供のための小品集》など取っ付きやすい性格的小品を特集したものを最初に発売。それが好評であったためか《ピアノ・ソナタ》、《朝の散歩》、《10のバガテル》、《第2の瞑想曲》を含む一枚(SOCD172)が続いた。その後もSOLSTICEレーベルは『チェロ・ソナタ、メロディとリート集』(SOCD227)をララ・エルベ(ピアノ)、リサ・エルベ(チェロ)、カトリーヌ・デュボスク(ソプラノ)の演奏で2005年にリリース。そしてフロレスタン弦楽四重奏団による《弦楽四重奏曲ト短調》をファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルの《弦楽四重奏曲》とのカップリングで2011年に発売(SOCD270)するなどジャエルの復興運動の牽引役を果たしている。

1990年代の他のジャエルの録音としては1998年にカリフォルニアで録音された『マリー・ジャエル:フランスの性格的小品集と四手のワルツ集』と題された1枚(D2426LSR)がある。演奏は先述のシュミット・ロジャーズとヴェラ・カール・ラッチェVera Karl Rathje。前者は米Hildegard Publishing Companyから発売されたジャエルの復刻楽譜の編纂に尽力していた。その中には《ピアノ・ソナタ》、《フランスの性格的小品集》、そして“Music for Piano Four-hands”の中の1曲として《12のワルツとフィナーレOp.8》から5曲(第1、3、4、6曲とフィナーレ)があった。これらの楽譜はIMSLP(ペトルッチ)の無料楽譜ダウンロード・サイトが無かった時代には大変重要な資料だった。恐らくこのCDは小林緑がマリー・ジャエル協会(パリ)を1999年に訪問した際に購入したものではないかと思われる。私は買った記憶が無い。

コロナ禍以降、研究と録音が劇的な進展をみせる

ジャエルの復興運動にとって2015年は記念すべき年だった。まずヴェネツィアに本拠を置くイタリアの会社でありながら、知られざる19世紀フランス音楽の復興運動を進めるパラツェット・ブル・ザーネ社Palazzetto Bru Zane comから(当初はEdiciones Singulares社から)個別の作曲家にスポットライトを当てたPortraitsシリーズの第3巻として、3枚組の『交響的作品集とピアノ曲集』(ES1022、旧『レコード芸術』2016年5月号「海外盤Review」で紹介)が発売された。ソプラノと管弦楽のためのユーモラスな歌曲集《熊の伝説》(独唱:シャンタル・サントン=ジェフリー)、チェロ協奏曲(独奏:グザヴィエ・フィリップス)、ピアノ協奏曲第1番(独奏:ダヴィッド・ヴィオリ)、同2番(独奏:ロマン・デシャルメ)といった大規模作品をエルヴェ・ニケ指揮ブリュッセル・フィル、ジョゼフ・スヴェンセン指揮リル国立管で聴けたのがありがたかった。また同年からコラ・イルセンによる『ピアノ作品全集』(ピアノ協奏曲第1、2番も含むQuerstandレーベル、VKJK1508, 1510, 1607, 1608、同2016年8月号で紹介)のシリーズが始まった。見事なメカニックを背景にした水際立った演奏は勿論、自らジャエルの研究書(ドイツ語)を執筆・出版するなど大きな貢献を果たしている。

『交響的作品集とピアノ曲集』[Bru Zane ES1022]
『ピアノ作品全集第1集』[Querstand VKJK1508]

これら一連のリリースが一段落したところで2020年からの新型コロナのパンデミックが起こり、その自粛期間の中で音楽家たちによる様々な女性作曲家の研究が進んだ。2015年の動きからジャエルも多くのフランスの音楽家たちの研究対象として注目されるようになったのだろう。さらにストラスブール国立学術図書館所蔵の自筆譜や絶版の楽譜がIMSLPの無料楽譜ダウンロード・サイトに次々とアップされ、アクセスが容易になったのも自粛期間中およびそれ以降の録音攻勢に繋がったのではないだろうか……。

まずジャエルが出版した最後の大作である《(ダンテの『神曲』に基づく)ピアノ小品集》〔地獄で聴いたもの、煉獄で聴いたもの、天国で聴いたもの〕には既に先述のイルセンに次いで、セリア・オネト・ベンサイドCélia Oneto Bensaidよる録音がPrésence Compositricesレーベルの第1弾CD(PC001)として2022年に発売された。長年女性作曲家作品の復興運動を幅広く繰り広げてきたクレール・ボダンClaire Bodinが中心となって設立されたレーベルでこれまでに5枚のCDが発売されているようだが日本では取り扱いが無いのが残念‼ フランスの女性作曲家研究の第一人者フロランス・ロネFlorence Launayによる解説も短いながらも充実している。

《ピアノ小品集》(ダンテの『神曲』に基づく)
[Présence Compositrices PC001]

この曲に関して、2025年にはヴィヴィアーヌ・ゴエルジャンによるCDもHänsslerレーベルから登場した。2025年3月号のレコ芸ONLINE新譜月評でご紹介した。フランスの女性作曲家の中でも特にジャエルに対する関心が高いことは2023年に先述のパラツェット・ブル・ザーネが発売した『女性作曲家たち~ロマン派時代のフランスの女性作曲家たちに新たな光を』と題した8枚組CD(BZ2006)にジャエルの《オシアーヌ》や《春の声》などが収められている点からも覗える。すでに同団体が関与した3枚組が2015年に発売されているからだ。このところ女性作曲家個人に充てたCDを次々にリリースしているLA BOÎTE À PÉPITESレーベルからも世界初録音となる作品ばかり(ピアノ四重奏曲、夢の中で、ロマンス、バラード)を集めたCD(BAP12)が2025年に発売された。ピアノはここでもベンサイドが弾いている。彼女は2023年にもNoMadMusicにジャエルとリストのピアノ協奏曲第1番(デボラ・ワルドマン指揮アヴィニョン=プロヴァンス国立管)、実態はマリーとの共作とされる《メフィスト・ワルツ第3番》を録音(NMM119)するなど、新しいジャエルのスペシャリストとなりつつある。彼女が《地獄で聴いたもの》の第4曲〈炎に囲まれて〉を演奏した映像をYouTubeで見ることが出来る。

『女性作曲家たち~ロマン派時代のフランスの女性作曲家たちに新たな光を』[Bru Zane BZ2006]
『ピアノ四重奏曲、夢の中で、ロマンス、バラード』[LA BOÎTE À PÉPITES BAP12]

ジャエル及び彼女としばしば連弾していたリスト、サン=サーンスの作品を集めたクロディヌ・オルロフとバーカード・スピンラーによるCypres盤『四手ピアノ曲集』(CYP2628)は洒落たアイディア。ジャエルでは《12のワルツとフィナーレ》及び《春の声》が収められている。レコ芸ONLINE2025年11月号でご紹介した、女性作曲家のチェロ作品ばかりを収めたラファエラ・グロメスの2枚組『フォルティッシモ』(ソニークラシカルSICC30924~5)は女性作曲家に興味を持つ人は必携のアルバムだが、ジャエルに関しても「チェロ協奏曲」を前述のフィリップスによるパラツェット・ブル・ザーネ盤とは異なる4楽章構成に(第2楽章にレントを追加)補筆完成した形で演奏している点でも必聴。前孝が没後100年を記念して発売したCDに関しては本誌12月号で取り上げた。

なお詳細なディスコグラフィに関しては以下のMarie-Laure Ingelaereによるマリー・ジャエルのホームページを参照されたい。

(文中敬称略)          

谷戸基岩(やと・もといわ)

1953年甲府市生まれ。1976年から18年半にわたり日本コロムビア、ワーナー・パイオニアにてクラシック音楽の日本盤編集・編成・宣伝作業に携わる。1995年から音楽評論家。30年で約7,000のコンサートに通うとともに多数の輸入盤CDを蒐集。2002年より「知られざる作品を広める会」を主宰。2003年~2024年尚美学園大学非常勤講師。第18、19回日本ハープ・コンクール審査委員長。共著に「古楽CD100ガイド」、「女性作曲家列伝」。

「女性作曲家に魅せられて」関連コンサート

●ルイーズ・ファランク没後150年記念コンサート(終了)
2025年9月15日(月、祝)音楽の友ホール(東京)

●アンリエット・ルニエ生誕150年記念コンサート(終了)
2025年11月21日(金)19:00開演(18:00開場)、ザ・フェニックスホール(大阪)
(18:15~18:45 プレトーク、小林緑)
福井麻衣(ハープ)、上森祥平(チェロ)、岸本雅美(ピアノ)
曲目:宗教的アンダンテ、スケルツォ・ファンタジー、伝説、チェロ・ソナタ、2つの交響的小品、ほか

●マリー・ジャエル没後100年記念コンサート
2026年1月24日(土)18:00開演(17:00開場)、ハレ・ルンデ(名古屋)
(17:15~17:45 プレトーク、小林緑)
広瀬悦子、内門卓也(ピアノ)、鈴木皓矢(チェロ)
曲目:12のワルツとフィナーレ、チェロ・ソナタ、「ダンテの《神曲》に基づくピアノ曲集」より

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