プレルーディウム連載

【連載】プレルーディウム 第14回/舩木篤也

音楽評論家・舩木篤也氏の連載「プレルーディウム」。
プレルーディウム(Präludium)は、ドイツ語で「前奏曲」の意味。毎回あるディスク(音源)を巡って、ときに音楽の枠を超えて自由に思索する、毎月1日更新の注目連載です。
第14回は「戦争は楽しい」。東京国立近代美術館の自主展「記録をひらく 記憶をつむぐ」で聴いたワーグナー〈ワルキューレの騎行〉を端緒に、戦争と芸術、そして戦後80年の私たちについて考えます。

ディスク情報

ワーグナー:楽劇《ワルキューレ》全曲

ゲオルグ・ショルティ指揮ウィーンpo. ビルギット・二ルソン(S:ブリュンヒルデ)他
〈録音:1965年10月~11月〉
[デッカ(S)UCGD9090~93(4枚組)]SACDハイブリッド

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戦争は楽しい

 戦後80年。戦時を体験した者がこの日本からいなくなる日は近い——そんな危機感から、今年各メディアは、いつにも増してあの戦争にフォーカスした。恐ろしい話。悲しい話。許せない話。それらをこれでもかと流し、映した。しかしそれも、終戦の季節である夏場が過ぎるとすっかり弱まったように見える。やれやれ、と安堵する者。やはり一時のことか、と鼻白む者。いろいろあろうが、東京・竹橋にある東京国立近代美術館は、つい先日(10月26日)までよく頑張った。声を荒げず、静かに、粘り強く。「コレクションを中心とした特集 記録をひらく 記憶をつむぐ」展のことである。

「記録をひらく記憶をつむぐ」作品リスト表紙

コレクションを中心とした特集 記録をひらく 記憶をつむぐ

2025年7月15日(火)~10月26日(日) ※会期終了
東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー

 この展覧会は、満州事変、日中戦争、太平洋戦争と続いた1930年代以降、日本の絵画が時局をどう伝え、表現したかを検証したもの。展示セクションはテーマごと「章」に分けられ、全部で8章。戦後における過去との取り組みにあてた章もあった。共催なしの、同館のみによる大規模な自主展ということで、予算の関係上、チラシもポスターも図録も作らなかった(作れなかった)という。「静かに」と言うゆえんである。
 展示点数は、絵画以外の資料も含めて計280点。うち、目玉はやはり同館が収蔵する「作戦記録画」であろう。日中戦争から太平洋戦争にかけて、陸海軍が戦闘の記録・美化、あるいは戦意高揚を目的に中堅画家に描かせた絵で、これらは終戦直後にGHQに接収されたまま、長らくアメリカに保管されていた。その153点が「無期限貸与」というかたちで近美に置かれるようになったのが、ようやく1970年。以後、そのうちの幾つかが公開されたことはあるが、今回のような遠大なテーマのもと、一挙に24点もが展示されたのは初めてのことである。

 その「作戦記録画」が集められた第3章のに足を踏み入れたときのこと。聞き覚えのある音楽が、うっすらと聞こえてきた。これは? ワーグナーの〈ワルキューレの騎行〉だ。その古ぼけた音はしかし、あきらかに館内に仕込まれたBGMではない。

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