
大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」オリジナル・サウンドトラック Vol.1
〔ジョン・グラム:メインテーマGlorious Edo,べらぼう紀行Ⅰ他,全23トラック〕
下野竜也指揮NHKso,宮田大(vc)林正樹(p)斉藤浩(ツィンバロン)他
[日本コロムビア(D)COCP42437]
日本的な呪縛から解き放たれて──ツィンバロン、シタール、ダルシマーetc.摩訶不思議な響き
江戸時代中期の田沼時代から寛政の改革にかけて、今で言う出版社の社長として本や浮世絵の企画&販売、プロデュース、営業などを総てこなし、後世で「江戸のメディア王」と評された「蔦重」こと蔦屋重三郎(1750~1797)の生涯を描く、現在放送中のNHK大河ドラマ第64作。音楽を担当したのは第59作『麒麟がくる』以来2度目となる、ロスアンジェルス在住の米国人作曲家ジョン・グラム。かつてNHKは2003年放送の『武蔵 MUSASHI』(第42作)で少ない曲数を映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネに依頼したこともあるが、「大河」の劇伴を邦人作曲家以外が手がけた例は、他に2022年放送『鎌倉殿の13人』(第61作)のエバン・コール(※日本在住)など限られている。
『麒麟がくる』でもグラムは、戦国時代を俯瞰的に群像劇として捉え、島国的な心情だけでなく大陸的な広がりにも重点を置いた音楽を届けて視聴者を魅了したが,今回はさらに “日本的” な呪縛から解き放たれて、よりグローバルな方向に向かって楽曲が作られているのを感じる。それを象徴するのが、歴代の荘厳な如何にも “ザ大河” 的なメインテーマとは一線を画する[トラック01]〈Glorious Edo〉だろう。ハンガリー発祥の異国情緒溢れるツィンバロンの音色で幕を開け、歌うようなチェロによる主旋律がオーケストラの世界へと広がっていくこの楽曲が語るのは、周りの絵師や彫師、戯作者などを巻き込んでステップを駆け上がっていく「蔦重」の人生そのものであり、一瞬の静寂を経た力強いフィナーレは江戸の文化・芸術が世界に羽ばたいていくた様を表現しているのだが、その作風は、まるで宇宙を舞台に主人公が仲間たちと冒険の旅を繰り広げるSci-Fiドラマ・シリーズのオープニングのようだ。続く[02]〈べらぼう〜Unbound〜〉もそのままハリウッドのファンタジー映画で使えそうだし、[03]〈欲望の渦〉もサスペンス超大作の緊迫した場面にぴったり。どれも規格外の素晴らしさなのだ。
もちろん、花魁を見つめる客たちの “まなざし” を想像させる艶やかな[05]〈花魁道中〉や吉原に捕らわれた女性たちの暗澹たる境遇を思わせる[06]〈障壁〉、「蔦重」のテーマとも言える[11]〈山師〉など、新時代の箏曲家LEOをフィーチャーしたナンバー。物語序盤のキーとなる登場人物を三味線や笛、インドのサントゥール、タブラやドーラク太鼓、シタール、ディルルバ、中東風の弦楽器、そして西洋のアコーディオン、ダルシマー、ハープシコードなどを取り入れて描いた摩訶不思議な[12]〈平賀源内〉といった “べらぼう” でしかありえない世界観の楽曲も秀逸。 特に[23]〈べらぼう紀行〉と同じ宮田大(vc)&林正樹(p)コンビによるデュオ演奏で、人々が抱き続けてきた自由を求める心を表現した[07]〈Freedom Duet〉や、メインテーマと同じく下野竜也指揮NHK交響楽団の演奏による[09]〈The Sun〉、江戸時代ならではの非情な “さよなら” を描く[17]〈別れのとき〉などの美しい楽曲に心を掴まれるはず。今後リリース予定のVol.2、Vol.3も楽しみだ。
東端哲也 (ライター)
協力:日本コロムビア