ラヴェルと○○特別企画
ラヴェルと○○

ラヴェルとスペイン
「太陽と情熱の国」を聴く12の最新音源

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異郷そして故郷、スペイン

 生誕150年、モーリス・ラヴェル(1875~1937)! このことを祝して、レコード芸術ONLINEでは「ラヴェルと○○」という特別企画シリーズを始めます。
 フランス近代の作曲家として知られるラヴェルですが、バスク人の母とスイス人の父のあいだに生まれ、フランスに拠点を置きつつ、生涯にわたりスペインに強く憧れ、その音楽的要素を自作品に多く盛り込んだ人物でもあります。(編集子は、フランスに在りながらスペインを志向することで、その文化・地理的中間の、母の故郷バスクへの着地を目指したのではないか……という仮説を持っていますが、いかがでしょうか)
 閑話休題、第1弾はラヴェルとスペインです。編集部セレクトのラヴェル最新音源12点を概観しつつ、両者の関係をみていきます。あの楽曲にも、実はスペインが隠れているのです!
 
 ※一部は配信限定です。また未発売のものを含みます
 ※参考資料①:井上さつき『ラヴェル』(作曲家◎人と作品)音楽之友社、2019年(音楽之友社の商品ページ
 ※参考資料②:ミニチュアスコア『ラヴェル ピアノ協奏曲 ト長調/左手のためのピアノ協奏曲』野平一郎解説、音楽之友社、2015年(音楽之友社の商品ページ

ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ(アンネレーン・レナエルツ)

クシシュトフ・メイシンゲル/スパニッシュ・アルバム

《亡き王女のためのパヴァーヌ》(1899)については、往時のスペインの宮殿で幼い王女が踊る場面をイメージしたと、ラヴェル自身が語ったという。彼自身はこの作品をあまり評価しなかったけれど、晩年、重い脳障害に冒されるなかで「うつくしい曲だ。いったい誰の曲だい?」と問いかけた逸話が残る。ピアノ曲の方が書かれたのは彼がパリ音楽院在学中のことで、1911年にオーケストラ編曲版が初演された。

ピアノもオケ版も広く愛される名曲だが、近年は様々なカヴァーが試みられている。1つ目はウィーン・フィル首席ハープ奏者、アンネレーン・レナエルツによるもの。そして2つ目はパーカッション付きの室内楽カヴァー。ファリャ、タレガ、アルベニスなどの「スペイン」楽曲とともに収録されている。

ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ

アンネレーン・レナエルツ(hp)
〈録音:不明〉
[Warner Classics]配信

スパニッシュ・アルバム
〔ファリャ,タレガ,ラヴェル,ボッケリーニ,アルベニス,他の作品より〕

クシシュトフ・メイシンゲル(g) パトリツィヤ・ベトリー(perc) メイシンゲル・ソロイスツ
〈録音:2024年4月〉
[CHANDOS(D)CHAN20382(海外盤)]
※2025年3月28日発売予定(変更・中止となる場合がございます)

ラヴェル/ソロ・ピアノ作品全集(チョ・ソンジン)

ラヴェル/ピアノ曲全集(ジャン=エフラム・バヴゼ)

ラヴェルにとっての楽器は、ピアノだった。彼自身プレイヤーであり、オーケストレーションに注目される自作の管弦楽曲群のほとんども、すでに書かれていたピアノ曲から編み出されたものだ。

今回注目するのは《鏡》(1904~7)。コンセルヴァトワールを揺るがしたラヴェル事件があったころに作曲され、アパッシュのメンバーに献呈された、実験色の強い曲集だ。5曲あるうち、もっとも舞曲的な第4曲〈道化師の朝の歌〉にはスペイン語のタイトル(Alborada del gracioso)がつけられている。音楽の内容も、リズムやカスタネットの模倣など、そこかしこにスペインを感じられる。

ラヴェル・イヤーは始まったばかりだけれど、〈道化師の朝の歌〉を含む彼のピアノ独奏曲全集が、続けてリリースされる。話題沸騰中のソンジン盤はもちろん、フレンチ・ピアニズムの最前線を行くバヴゼ盤からも目が離せない。

ラヴェル/ソロ・ピアノ作品全集

チョ・ソンジン(p)
〈録音:2024年9月〉
[ドイツ・グラモフォン(D)UCCG45110(2枚組)]

ラヴェル/ピアノ曲全集

ジャン=エフラム・バヴゼ(p)
〈録音:2023年9月,2024年9月〉
[CHANDOS(D)NYCX10519(2枚組)]
※2025年4月11日発売予定(変更・中止となる場合がございます)

ラヴェル:スペイン狂詩曲,他(アルティノグリュ&ウィーン・フィル)

「ラヴェルとスペイン」といえば、《スペイン狂詩曲》(1907~8)!

スペインの作曲家ファリャをして「スペイン人よりスペイン的」と言わしめた名作で、ラヴェルによる管弦楽曲群の最初期の例。すでに音の魔術師ぶりが全開だ。民俗舞踊マラゲーニャや、ハバネラ(ピアノ曲《耳で聴く風景》からの編曲)が登場するほか、全体を通してイベリア半島の熱狂が描かれる。同時期に《ハバネラ形式の小品》(1907)や《スペインの時》(1907~9)も書かれていて、1907年を彼の「スペイン年」と位置付ける言説も多くある。

今のところ配信限定の、アルティノグリュ&ウィーン・フィルによるオール・フランス・プログラムのライヴ音源でも、そのスペイン色は濃厚だ。「魔術師」という賛辞もあるフレンチ・マエストロの世界が、ウィーンに展開されている。

ラヴェル:スペイン狂詩曲,他
〔ショーソン:詩曲,ラヴェル:スペイン狂詩曲,サン=サーンス:交響曲第3番《オルガン付》〕

アラン・アルティノグリュ指揮ウィーンpo. 他
〈録音:2022年12月(L)〉
[Platoon]配信

ベルトラン・シャマユ/ラヴェル・フラグメンツ

ラヴェル/歌曲全集(マルコム・マルティノー)

《ハバネラ形式の小品》(1907)はもともと《ハバネラ形式のヴォカリーズ・エチュード》という独唱用作品だった。ハバネラとはキューバ発祥の舞曲だが、19世紀後半にスペインの記号としてヨーロッパ芸術界で大流行した。スペインが舞台のビゼー《カルメン》などに登場するのも、そうした理由による。

ラヴェル歌曲におけるスペイン表象の例には、ほかにも《民謡集》(1910)の〈スペインの歌〉や、遺作となった《ドゥルシネア姫に思いを寄せるドン・キホーテ》(1932~3)がある。オーケストラ曲やピアノ曲が目立ちがちな彼だけれど、歌曲も多く書いていて、もちろん名曲の宝庫。

シャマユのラヴェル・アルバムでは《ハバネラ形式の小品》に、彼自身によるピアノ編曲が施された。当盤は、この作曲家へのオマージュ作品が多く収録されているのも興味深い。そしてもう1タイトル、もうすぐ当代きっての歌曲伴奏者、マルコム・マルティノーのディレクションによる歌曲全集がリリースされる。

ラヴェル・フラグメンツ
〔ラヴェル:ハバネラ形式の小品(シャマユ編),他〕

ベルトラン・シャマユ(p)
〈録音:2024年12月〉
[Erato(D)2173260123]

ラヴェル/歌曲全集

マルコム・マルティノー(p)他
〈録音:不明〉
[Signum(D)SIGCD870(海外盤,2枚組)]
※2025年4月8日発売予定(変更・中止となる場合がございます)

映画「ボレロ」オリジナル・サウンドトラック

ふだんクラシック音楽を聴かない人でも、この曲は聴いたことがあるだろう。名曲《ボレロ》(1929)。2つの主題が18回繰り返されるシンプルな曲だが、なかなかどうして不思議な魅力がある。演奏会の際には、スネアドラムの人に大きな拍手を!

この楽曲誕生の背景には、すこし込み入った事情がある。もともとアルベニスの組曲《イベリア》のバレエ用編曲を、イダ・ルビンシュタインから依頼されていたラヴェルだったが、その編曲の法的権利は作曲家アルボス(1863~1939)にあると判明する。アルボス自身はラヴェルを尊重して契約を破棄しようとしたものの、そのあいだにラヴェルは新曲をゼロスタートさせていた。それが、スペイン民俗舞踊のリズムをベースとする《ボレロ》である。はたして、《ボレロ》は1928年のバレエ上演で日の目をみたのだった。

このエピソードを含め、その前後譚が描かれたのが、昨年話題となった映画『ボレロ』。作中の当曲は、ディルク・ブロッセ指揮、ブリュッセル・フィルの演奏による。

映画「ボレロ」オリジナル・サウンドトラック
〔ラヴェル:ボレロ,亡き王女のためのパヴァーヌ,道化師の朝の歌,他〕

ディルク・ブロッセ指揮ブリュッセルpo. アレクサンドル・タロー(p)他
〈制作:2024年〉
[Warner Classics(D)5419795416(海外盤)]

映画『ボレロ 永遠の旋律』予告編映像(ギャガ公式YouTube)

ラヴェル:ピアノ協奏曲,他(アレクサンドル・タロー)

ラヴェル/ピアノ協奏曲集(チョ・ソンジン)

ラヴェル:ピアノ協奏曲,他(ミハイル・プレトニョフ)

ラヴェル自身がモーツァルトとサン=サーンスの精神で書いたと語ったという晩年の傑作、ピアノ協奏曲 ト長調(1929~31)にも、スペイン的要素が指摘されている。さらにバスク民謡やアラブ・アンダルーズの調べ、ジャズ、新古典主義……まばゆいほどの色彩が、卓越した筆でまとめあげられた集大成的作品だ。

実現こそしなかったが、ラヴェルはこれの初演で弾き振りを演り、また日本を含む世界を回るツアーを打つつもりだった。初演は彼が信頼を寄せたマルグリット・ロンが務め、大成功を収めた。

タロー盤はファリャ《スペインの庭の夜》とのカップリングで、似た試みはアルゲリッチ盤など他にもあるけれど、前項の映画『ボレロ』にも出演(ピエール・ラロ役と、ラヴェルの「手」の役!)した彼の演奏は、やはり興味を惹かれる。それから幼少からラヴェルに親しんできたという新進気鋭ソンジン盤、ソリストとしてのプレトニョフ盤など、注目新譜のリリースが続く。

ラヴェル:ピアノ協奏曲,他
〔ラヴェル:ピアノ協奏曲,左手のためのピアノ協奏曲,ファリャ:スペインの庭の夜〕

アレクサンドル・タロー(p) ルイ・ラングレー指揮フランス国立o.
〈録音:2022年6月,7月〉
[Erato(D)5419766071]

ラヴェル/ピアノ協奏曲集
〔ラヴェル:ピアノ協奏曲,左手のためのピアノ協奏曲〕

チョ・ソンジン(p) アンドリス・ネルソンス指揮ボストンso.

〈録音:2023年4月~5月〉
[ドイツ・グラモフォン(D)UCCG45115]

ラヴェル:ピアノ協奏曲,他
〔ショール:私の書棚より,ワーグナー:歌劇《ローエングリン》~第3幕への前奏曲,ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調〕

ミハイル・プレトニョフ(p)マリオス・パパドプーロス指揮東京po.
〈録音:2023年5月〉
[Columbia(D)COCQ85632]
※2025年4月23日より発売予定(変更・中止となる場合がございます)

モーリス・ラヴェル・セレブレーション150

最後はスペイン発の新着タイトル。あるライヴ音源が、ラヴェルの生誕150周年を祝って配信限定でリリースされた。録音のタイミングは明記されていないが、2024年12月に、記載されたメンバーで《ダフニスとクロエ》第2組曲を演奏した記録(ADDA交響楽団のページ)があることなどから、どれも最近の演奏と思われる。

いずれも、スペインはアリカンテ市を拠点とするADDA交響楽団(2025年11月に東京・川崎・大阪・福岡公演が予定されている!)のうたの溢れる瑞々しい演奏で、首席指揮者ジョセフ・ビセントが振っている。バスクの音楽伝統を守るオルフェオン・ドノスティアラが、《ダフクロ》の合唱パートを受け持った。

作曲家作品研究の分野で《ダフクロ》や《ラ・ヴァルス》にスペインの要素はあまり指摘されていないけれど、彼のいろいろの作品に、その土地の音楽的血脈は分かちたがく結びついているはず。異郷にして故郷、スペインを力強く感じるアルバムだ。

モーリス・ラヴェル・セレブレーション150
〔ラヴェル:《ダフニスとクロエ》第2組曲,ラ・ヴァルス,亡き王女のためのパヴァーヌ,ボレロ〕

ジョセフ・ビセント指揮ADDAso. オルフェオン・ドノスティアラ(cho.)

〈録音:不明〉
[Warner Classics]配信

Text:編集部(H.H.)

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