インタビュー・文=那須田務(音楽評論)
撮影=横田敦史
取材協力=ナクソス・ジャパン
福間洸太朗が日本デビュー20周年を記念するアルバム『ショパンの想い出』をリリースした。2003年にクリーヴランド国際コンクールに日本人で初めて優勝およびショパン賞を受賞して、翌年東京でデビュー・リサイタルを開催、21歳の夏のことだ。以来国内外でコンサートやディスクの録音を行なうなどトップピアニストとして多忙な日々を送ってきた。記念リサイタルのツアーを前にした10月初め、渋谷のナクソス・ジャパン本社で話を訊いた。
ショパンの想い出
〔ショパン:ワルツ第1番 変ホ長調《華麗なる大円舞曲》Op.18,バラード第1番 ト短調Op.23,ノクターン第2番 変ホ長調Op.9-2,ポロネーズ第6番 変イ長調《英雄》Op.53,幻想曲 ヘ短調Op.49,ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調《葬送》Op.35,ポロネーズ第7番 変イ長調《幻想》Op.61,ノクターン第20番 嬰ハ短調Op. Posth〕
福間洸太朗(p)
〈録音:2024年2月〉
[ナクソス・ジャパン(D)NYCC27315]
※CD特典:別冊ブックレット「Souvenirs de Kotaro Fukuma」(取材・文:高坂はる香)
※デジタルアルバム特典:
・ボーナストラック(デジタルアルバム共通)
ワルツ第6番 変ニ長調《子犬のワルツ》Op.64-1,ワルツ第8番 変イ長調Op.64-3,ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 Op. 21~第2楽章(C.ライネッケ編)
・ボーナストラック(Apple Music限定)
前奏曲第25番 嬰ハ短調Op.45,ワルツ第7番 嬰ハ短調Op.64-2
たくさんの出会いがあった20年
まずは20年を振り返っての想いを伺うと、すらりとした長身の背筋をまっすぐにして語り出した。
福間 たくさんの方にサポートしていただいて、ここまで来たんだなと改めて思っています。デビューの時から大きな音楽事務所に入り、大手のレコード会社と専属契約して華々しくデビューする人もいますが、私は違いました。コンクール優勝後に褒賞としてアメリカで2年間マネジメントがつき、その後も先方の申し出で5、6年ご一緒しましたが、日本デビューのリサイタルの時は自主公演(津田ホール)でした。家族と友人たちの素人集団で開催したのでいろいろ不手際があり、当日の受付もパニックになってしまって(笑)。そんなデビューでしたから、良くここまで来られたなあと思います。その間にたくさんの方と素敵な出会いがあり、様々な場でサポートしてくださった。コロナ禍など大変な時期もありましたが、海外でも定期的にコンサートが出来て本当にありがたいことです。
筆者が福間を知ったのは、旧『レコード芸術』の新譜月評で聴いた『水の反映』(2012年日本コロムビア)が最初だったと思う。ドビュッシーの表題作を中心としたアルバムでなんと音の美しい人だろうと思った。音の佇まいが美しく、響きに関する感性がすばらしい。福間は高校卒業後、パリ国立高等音楽院でブルーノ・リグットに、ベルリン芸術大学でクラウス・ヘルヴィッヒに師事したが、留学以前はどんなピアニストのCDを聴いていたのかと問うと、ミケランジェリ、リパッティ、ペライアを挙げた。やはり音がきれいな人たちだ。
物心つく頃からなぜかショパンが好き
今回の新録音は協奏曲を含めて4枚目となるショパン・アルバム。
福間 物心つく頃からなぜかショパンが好きでした。でも私とショパンとの関係はもっとずっと前から始まっていたのかもしれません。両親は音楽家ではないのですが、母は音楽を聴くのが大好きで、私の生まれる前からショパンやモーツァルトをよく聴いていました。3歳の頃、二人の姉がピアノを習っていたのでショパンが弾きたくて「僕も習いたい」と言ったのですが、5歳になるまで待ちなさいと。今思えば、ショパンの音楽の繊細な美しさに心惹かれたのだと思います。レッスンに通うようになってからは、両親にせがんでショパンの楽譜を買ってもらいました。オクターヴも手が届かないのにワルツやポロネーズ、練習曲集まで弾いていたんですよ。当時習っていた佐藤京子先生は、無理だからやめなさいとは決して言いませんでした。レッスンの最後に大好きなショパンを弾くのですが、どんなにたどたどしい演奏でも先生は辛抱強く聴き、最後に拍手してよかったよと言ってくれた。その頃の私のピアノやショパンに対する愛や情熱を大切に育んでくださった。佐藤京子先生もその後師事した井桁和美先生もすばらしい先生です。本当に感謝しています。
福間洸太朗 Kotaro Fukuma
20歳でクリーヴランド国際コンクール日本人初の優勝およびショパン賞受賞。これまでにカーネギーホール、リンカーンセンター、サントリーホールなどでのリサイタルの他、クリーヴランド管、イスラエル・フィル、NHK交響楽団など著名オーケストラと多数共演。CDは多数録音しており、2023年にリリースの「幻想を求めて – スクリャービン&ラフマニノフ」(ナクソス・ジャパン)は欧州のInternational Classical Music Awardsにノミネートされた。2024年9月、通算20作目のCD「ショパンの想い出」(ナクソス・ジャパン)を日欧同時発売。多彩なレパートリーと表現力、コンセプチュアルなプログラム、また5か国語を操り国内外で活躍中。第39回日本ショパン協会賞、2024年スペインのアルベニス・メダルを受賞。2024年、日本デビュー20周年を迎え、11月11日サントリーホール等、全国10ヵ所での記念リサイタルツアーを行なっている。
公式サイト https://kotarofukuma.com/
公式ファンクラブ https://shimmeringwater.net/
曲順や曲間までこだわり抜いたコンセプチュアルなショパン・アルバム
今回はオール・ショパンだがコンセプチュアルなアルバムでもあり、《バラード第1番》《英雄ポロネーズ》《葬送ソナタ》《幻想ポロネーズ》を中核とし、その合間に小品を入れて一人の“英雄の生涯”を表現した。福間は曲順や曲間の秒数までこだわり抜いた。
福間 それはリサイタルでも同じです。テーマに従って曲を並べることによって一つのアルバムやコンサートの中で曲どうしが特別なつながりを持ち、意味深い雰囲気が醸し出されます。今回はそれに加えて、特別な思い出のある曲を入れました。たとえば《バラード第1番》ですが、2015年に日本のフィギュアスケートのアイスショーに出させていただきました。途中、氷の修復作業の間、偶然ステージ袖に待機していた私は急遽ソロで『バラード第1番』を弾かせていただき、それを羽生結弦さんがアイスリンクの横で聴いていて、その夜、私のところに来て、千秋楽で一緒にコラボしませんかと言ってくださった。実際にショーの最後で実現したんですよ。もう一つは外的な要因で演奏を中断しなければならかったこと。それも2度。1度目はパリのリサイタルでこの曲を弾き始めたら客席から《幻想即興曲》が流れてきた。それはコンサートで弾いた私の演奏をどなたかが録音し、誤操作で流れてしまったものでした。客席がざわついたので中断して弾き直しました。2度目はハンブルクのリサイタルで弾き始めたら最前列の年配のお客さんが倒れられ、運び出された。このように何かとエピソードの多い曲なのですが、弾く機会もたくさんあり、自分の解釈も深まってきたと思ったので入れました。曲が持つドラマ性が自分の体験とリンクして英雄の物語につながるのではないかと思ったのです。
ソナタ第2番はパリに留学してすぐに先生からいただいた課題曲の一つでした。NYの同時多発テロ事件があった年で、住居探しからビザの申請、入学手続きなど事務仕事に追われました。9月にパリでアパートを探すのは大変なんですよ。そういうことを何も知らず、ようやく見つけたと思ったら当時はフランス語もたどたどしかったこともあって電話口でガチャンと切られるなど、精神的に落ち込んで練習もほとんどできず。レッスンでもこの曲は君に早いかもねと言われ、その時に先生が弾いてくださった演奏がすばらしく感動的で。やはり自分には早いかもしれないと思っていたら、あっという間に時がたって39歳で初めて人前で弾きました。ショパンが亡くなった年齢です。コロナ禍や大切な友人を亡くすなど死生観を考えるようになり、今こそこのソナタを録音すべきではないかと思ったのです」
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現在は年間を通して日本と欧州を中心とした海外の半々で活動。今後の抱負を伺うと、やはり自分なりのオリジナルのアイデアを生かしたコンセプチュアルなコンサートやCD録音を続けていきたい。なかでもライフワークとしている「水」(いうまでもなく福間洸太朗の洸の字に由来)のテーマをもっと推し進めたいとのこと。楽しみだ。
福間洸太朗 近年のアルバムから
幻想を求めて – スクリャービン&ラフマニノフ
スクリャービン:幻想ソナタ、幻想曲、ラフマニノフ:幻想的小品集、ピアノ・ソナタ第2番(1931年改訂版)
〈録音:2022年10月〉
[ナクソス・ジャパン(D)NYCC27314]
ショパン:ピアノ協奏曲第1番(弦楽五重奏版)
ショパン:ピアノ協奏曲第1番ホ短調,夜想曲第8番
共演:日本フィルハーモニー交響楽団メンバー
〈録音:2022年1月〉
[BRAVO RECORDS(D)BRAVO10008]
バッハ・ピアノ・トランスクリプションズ
J.S.バッハ:主よ、人の望みの喜びよ,シャコンヌ,シチリアーノ,憐れみ給え、わが神よ、他
〈録音:2020年10月〉
[ナクソス・ジャパン(D)NYCC27313]
ベートーヴェン・ピアノソナタ集
ピアノ・ソナタ第17番《テンペスト》,同第24番《テレーゼ》,同第32番
〈録音:2019年10月〉
[ナクソス・ジャパン(D)NYCC27312]