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ヴァント/ベルリン・フィルのブルックナーが初LP化。

ディスク情報

ブルックナー/交響曲選集
〔交響曲第4番《ロマンティック》,同第5番,同第7~9番,シューベルト:交響曲第8番《未完成》〕

ギュンター・ヴァント指揮ベルリンpo
〈録音:1995年3月~2001年1月(L)〉
[RCA(D)SIJP1111(10枚組:LP)]
※完全生産限定盤
※BOX仕様/180グラム重量盤レコード

1楽章=1面。究極のLP仕様でヴァント最大の遺産が蘇る

 最晩年のヴァントが情熱を傾けたベルリン・フィルとのブルックナーの録音は、現代におけるブルックナー解釈の規範とされるほど評価が高い。SACD化も複数回行なわれているが、その名演・名録音が世界で初めてLPレコード化された。カッティング用マスターは2005年のSACDハイブリッド盤用のDSDステレオ音源を使用し、東京乃木坂のソニーミュージックスタジオでカッティング、大井川プロダクションセンターでプレスが行なわれた国内生産のレコードである。
 1996年から2001年にかけて録音された第4番、第5番、第7番、第8番、第9番に加えて、1995年録音のシューベルト《未完成》を収録しており、いずれもベルリンのフィルハーモニーにおけるライヴ録音だ。前述のSACD化を担当したクリスティアン・フェルトゲンはオリジナル録音のエンジニアでもある。重量盤の全10枚組で楽章ごとにレコード1面に刻む余裕のあるカッティングを行なっているが、第8番の第3楽章は27分32秒、第4楽章は26分19秒と長尺のため、短めの楽章との音質差が生じないように配慮したという。いずれにしてもブルックナーの作品はダイナミックレンジが広く、大半は終盤で最大音量に達するため、最内周のカッティングには特に気を使うはずだ。
 ところで、なぜいまレコードなのか。音質の視点から見ればDSDマスターからのSACD制作がベストと思えるが、昨今はSACDプレーヤーが一部の高級機に限られ、何年か後にはプレーヤーもディスクも継続的な生産が危ぶまれる状況に追い込まれる可能性すらある。SACDのディスクと再生機器が潤沢に揃う環境は今後期待できないと予測されるなか、残された選択肢はハイレゾ音源の配信かアナログレコードのみという状況が現実味を帯びてきたのだ。レコードは約70年前に発売された最初期の盤でも再生環境さえ整えればCDを凌駕する音が聴けることが多い。今回のヴァントのブルックナーもそうだが、演奏の本来の姿を次世代に伝えるうえでも、レコード化には重要な意義があるのだ。

低重心で安定感が高く、レコードならではの実在感豊かな音

 再生音は低重心で安定感が高く、フィルハーモニーを隙間なく埋め尽くす力強く充実した響きを体感できる。2005年発売のSACDよりもレコードの方が低音楽器の量感が強めに感じるし、音の肌触りもなめらかだが、レコードでは再生システムによる違いも小さくないので環境によって印象が変わる可能性もある。トロンボーンやホルンのフォルティッシモはレコードの実在感豊かな音に強く引き込まれた。
 ティンパニとコントラバスの低音は明瞭な発音でリズムが停滞せず、低重心だが細部まで見通しがきく。金管楽器はコラールだけでなく短く鋭い音が続くフレーズでも発音に混濁がなく、一体感とセパレーションがバランスよく両立。的確なテンポの選択、各セクション間のバランスの精密なコントロールなど、ヴァントの演奏の核心を歪めることなく忠実に再現していることがわかる。レコード化にあたってオリジナル録音の広大なダイナミックレンジを尊重しているとのことで、ピアニシモのトレモロはたしかに微弱だが、現代の再生装置で聴けばノイズに埋もれることなく澄んだハーモニーを聴き取ることができる。

山之内正 (オーディオ評論)

協力:ソニーミュージック

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