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音楽ライター・フランス語翻訳。慶應義塾大学文学部卒、同大学院文学研究科修士課程修了。器楽・室内楽を中心に雑誌、Webメディア、ライナーノートなどの執筆活動を続けていたが現在は活動休止中。共著書に『200CD 鍵盤の覇者たち』(学研)など。
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ルトスワフスキやペンデレツキを生んだ20世紀ポーランド音楽の偉大なる先駆者、シマノフスキ。その存在はようやく世界的にクローズアップされようとしている。ここではその挫折に満ちた生涯を簡単に辿ってみたい。
カロル・シマノフスキは、1882年10月3日、現ウクライナのティモシュフカに、5人兄妹の3番目として生まれた。1793年の第三次分割を経てポーランドそのものが地図上から消えていたが、熱烈な愛国者たる父も母もピアノが達者で芸術家の友人が多く、この文化的家庭環境に育った子供たちは一人残らず芸術家となった。また縁戚関係にあったネイガウス家とブリューメンフェリト家もカロルに大きな影響を与えよう。
ただカロルは4歳の時以来左足にハンデを抱えたため、学校に通わず家庭教師に教育を受ける孤独な幼年時代を送った。そして7歳から父にピアノのてほどきを受け、10歳からエリザベートグラードのグスタフ・ネイガウスの音楽学校で、古典派やショパン、スクリャービンに触れる。そして後にロシア・ピアニズムの大立者となる息子、ゲンリヒらと親交を結ぶと共に初めてオペラに接し、ウィーンではワーグナーの《ローエングリン》に感激、入手しうる限りのピアノ・スコアを持ち帰る。かくしてその初期作品には、確かに後の作風を予感させもする要素はあれど、主にショパンやスクリャービン、そしてワーグナーやR.シュトラウスら、後期ドイツ・ロマン派の影響が色濃く刻み込まれている。
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