伊福部昭と芥川也寸志特別企画
伊福部昭 没後20年・芥川也寸志 生誕100年

芥川也寸志を深める11のディスク

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生誕100年を超えて

 特別企画シリーズ「伊福部昭と芥川也寸志」! 2026年に没後20年を迎える伊福部と、2025年に生誕100年が話題となった芥川。アニヴァーサリー・イヤーが交錯するいま、日本を代表する2人の音楽家を深めます。
 今回の記事は、芥川を追い続けてきた満津岡信育さんによる執筆。4つの観点から11点のディスクをセレクトし、この日本を代表する音楽家の魅力に迫ります。2025年に生誕100年を迎え、ますます再評価が進む芥川。その音楽世界とは、いったいどのようなものなのでしょうか。

Text=満津岡信育(音楽評論)

戦後のクラシック界を牽引

1975年春に、とある都立高校に入学した筆者は、配布された生徒手帳に掲載されていた校歌の作曲者名を見て、「あっ!」と声を挙げた。作曲者は、芥川也寸志だったのである。校歌にありがちな4拍子系ではなく、変イ長調で書かれており、優美で流麗なメロディーのすばらしい曲なのだが、ラスト近くの高音は男子生徒には出しにくく、しかも、芸術科目の選択履修が美術や書道の生徒は、歌う機会が滅多にないため、卒業式等において全校生徒で歌う際には、盛り上がらないのが常であった。

1970年代半ばの芥川也寸志は、日本を代表する作曲家の一人と目されており、ラジオ番組は、『百万人の音楽』(TBS)が放送中。テレビ番組『音楽の広場』(NHK)がスタートしたのは、1976年春のこと。芥川と黒柳徹子がレギュラー司会者を務めたのは翌77年春からである。岩波新書からは『音楽の基礎』が刊行されており、芥川也寸志という音楽家は、クラシック音楽ファンの枠を超えて、人気を博していた。映画音楽も多数手がけており、1977年6月には、音楽を担当した『八甲田山』が公開されて大ヒットし、サウンド・トラック盤もヒットした。しかし、1970年代半ばに、芥川の演奏会用の作品をLPレコードで聴こうと思うと、その選択肢は決して多いとは言えなかった。

出世作である《交響管絃楽のための音楽》、それ以前の作である《交響三章》、そして、1953年にニューヨークで初演された《弦楽のための三楽章(トリプティーク)》、「三人の会」で1954年に初演後、翌55年に改訂して4楽章構成になった《交響曲第1番》、《エローラ交響曲》など、1950年代までの作品は、現在では、オーケストラの大切なレパートリーになっている。これらは、LPレコード時代から東芝の録音があり、CD時代に入ってからも再発されて、ディスク【1】はタワーレコードで入手可能である(CD化されたが現在は廃盤中の録音には、森正指揮東京響の《交響管絃楽のための音楽》、ストリックランド指揮インペリアル・フィルの《エローラ交響曲》がある)。そのほかに、PCM録音のカザンジエフ指揮ソフィア・ゾリスデンの《トリプティーク》[コロムビア]があり、ビクターの日本歌曲のシリーズでは、《車塵集》と《パプア島土蛮の歌》がリリースされていた。また、《チェロとオーケストラのためのコンチェルト・オスティナート》は、『現代日本チェロ名曲大系』[東芝(5枚組)]、《お天道様・ねこ・プラタナス・ぼく》は、『合唱音楽の領域 その新しい地平』[ビクター(7枚組)]といった大物のセットに収録されており、図書館で借りて、ようやく耳にできたものだ。

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