
カラヤン&ベルリン・フィル放送録音集成 第2集 ライヴ・イン・ベルリン 1970~1979
〔1971年のシベリウス:ヴァイオリン協奏曲+ストラヴィンスキー:春の祭典から、1979年のJ.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲第1番+ベートーヴェン:交響曲第3番《英雄》まで〕
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリンpo〈録音:1971年9月~1979年11月(L)〉
[ベルリン・フィルハーモニー(S)BPHR250571(20枚組)]SACDハイブリッド
続々LPが発売された’70年代を、半世紀を経て “追体験” する楽しみ
これは、70年代をクラシック・ファンとして生きた愛好家にとって単なる「ライヴ録音集」を超えた、当時の「音楽体験そのもの」といった20枚組である。ヘルベルト・フォン・カラヤンは「楽壇の帝王」としてクラシック界に君臨し、本拠地ベルリンや生地ザルツブルクを中心に演奏活動を行ない、世界をジェット機で飛び回り、毎月ドイツ・グラモフォンと英EMIから新録音のLPレコードをリリースする、という超人的なスケジュールをこなしていた。従来のクラシック界では考えられなかった(今日でも考えられない)芸術一本でない、派手な活躍ぶりから多くのアンチ・カラヤンを生んだが、それ上回る膨大なカラヤン・ファンを生み、音楽ジャーナリズムもカラヤンを中心に回っていた。そのため、アンチ・カラヤンにも否応なく彼の演奏会やレコードでの活躍が目に入った。
ご承知のように、多忙を極めたカラヤンは、演奏活動とレコーディングを効率化するために1960年代後半より、レコーディングを演奏会のリハーサルに充てることを思いつき、実践した。レコーディングから演奏会までの間にレコード制作の時間がとれれば、演奏会のときには、その曲目のLPレコードができあがっており、演奏会がレコードの広告の役割を果たしたのである。実際、今回の20枚組の演奏曲43曲のうち、レコーディングの3年後までに演奏された曲が21曲もあった。ファン、アンチにかかわらず、曲目を見ただけで、この曲のカラヤンのレコードがあったなあ、と感じられるのではないだろうか。
また、当時はFM放送の全盛期で、NHK-FMは積極的に海外放送局のライヴ録音を放送しており、それはカラヤン&ベルリン・フィルも例外ではなく、今回の20枚組もかなりの曲目が放送されたはずである。小~中学生だった筆者の体験で言えば、Disc 2のメンデルスゾーン《スコットランド》(1972年2月19日録音)の曲目を見ると、ユルゲン・ゲザングが島々と穏やかな波をデザインした薄紫色のジャケットによるカラヤンの《スコットランド》のLPレコード(1971年1月7、8日録音)が反射的に思い浮かんだ。また、門馬直美氏のライナーノーツの冒頭「カラヤンはユダヤ系作曲家のものをレコーディングしたがらないようだとある評論家が書いているのをみた」という一文も思い出された。
また、Disc 11のブルックナー「交響曲第5番」(1976年12月12日録音)と、Disc 14のストラヴィンスキー《春の祭典》(1977年9月25日録音)は、当時NHK-FMの放送を富士フイルムの80分カセットテープFX-80にエアチェックして、幾度となく繰り返し聴いた思い出が蘇った。《スコットランド》のLPレコード、ブルックナー「第5」と《春の祭典》のカセットは、筆者とって、これらの名曲を最初に聴いた演奏だったのである。
熱心なカラヤン・ファンだった方は、この20枚のさらに多くの演奏に、FM放送や現地で耳にしていたことだろう。また、当時を知らない世代の方々にとっても、70年代カラヤン&ベルリン・フィルの熱気溢れる実演と鮮烈なサウンドに驚かされるだろうし、前述したカラヤンのレコーディングと演奏会の関係を知る上でも、最高の20枚組なのである。
Disc 1から録音年代順に収められており、各ディスクには演奏会の全曲目が収録されているため、カラヤンのプログラム構成を知る上でも興味深い。20枚すべてが良質なステレオ録音で、レコード用録音とは異なり、楽器とマイクの距離感が自然で、ホールの溶け合った響きと実演の雰囲気をよく捉えている。なお、演奏後の拍手はすべてカットされている。
「聴き比べ」も可能な “定番” から稀少レパートリーまで
1971年9月25日のDisc 1から、たいへんな聴きものである。冒頭はヴィヴァルディのシンフォニア《聖墓にて》。カラヤンは1970年8月にヴィヴァルディ・アルバムを録音しており、その中の1曲でもあった。これは聖金曜日のための音楽であり、第1楽章の不協和音といい、第2楽章のフガートと半音階進行といい、まるでヴェーベルンのようであり、カラヤンにぴったりの作品である。その静謐な美しさの陶酔が冷めやらぬうちに、シベリウスのヴァイオリン協奏曲の神秘的なトレモロが始まる感動! ヴァイオリン独奏は、7年前の1964年10月に同曲をともにレコーディングした名手クリスティアン・フェラス。切れ味鋭い技巧と力強い音で、カラヤンの豊かなバックに乗って演奏会場の空気を切り裂いてゆく。7年前ともっとも異なるのは第2楽章で、もともと遅めのテンポだったものが、さらに30秒も長くなり、カラヤンが自らの音に耳を澄ましている姿が目に浮かぶ。カラヤンが禅仏教に関心を持っていた(リチャード・オズボーンの解説書より)ことが直感される場面である。
後半はストラヴィンスキー《春の祭典》。Disc 14に収められた1977年9月25日の録音を含め、カラヤンの同曲録音は34分台が多いが、ここでは33分5秒というアバドやサロネン並みの快速で刺激的な演奏となっている。ストラヴィンスキーは、カラヤンの第1回録音(1963年10月&1964年2月)について、米 Hi-Fi Stereo Review 誌1964年10月号で「このソステヌートのスタイルは、そもそも間違っている」と酷評しており、その言葉に反応した解釈だったのかもしれない。
1972年2月19日のDisc 2では《スコットランド》の第3楽章がなんと言っても聴きもの。メンデルスゾーンの息の長い旋律線をカラヤン一流のレガート奏法と美しいイントネーションで歌わせているし、ポリフォニーへの配慮も行き届いている。夢を断ち切るような金管楽器とティンパニの強奏強打の凄まじさも彼ならではだ。後半のラヴェル《ダフニスとクロエ》第2組曲「全員の踊り」でテンポが上がりすぎて、珍しく木管が破綻を見せているのも興味深い。
Disc 3と11でブルックナー「交響曲第5番」が1972年12月31日と1976年12月12日の演奏で聴き比べられるのも楽しい。カラヤンはこの作品を戦前からレパートリーとし、ベルリン・フィルとも1957年から1981年まで16回取り上げている。カラヤン&ベルリン・フィルの重心の低い響きとファンファーレでの金管の輝かしさ、優れたポリフォニー感覚は、この宗教的・対位法的な交響曲にぴったりで、すでに1972年の段階で解釈は完成しており、ともに素晴らしい演奏を聴かせている。
モーツァルトの《ジュピター》でも同様の聴き比べができる。Disc 4の1973年9月8日とDisc 12の1976年12月31日である。ともに今日の流行とは正反対のモダン楽器&モダン奏法、大編成による演奏で、冒頭テーマのカラヤン流レガートからユニーク。とくにDisc 12は響きが厚く、演奏時間も長く、特徴的だ。プログラムの後半がチャイコフスキー「交響曲第5番」、R.シュトラウス《英雄の生涯》という、カラヤン得意の後期ロマン派作品であるのも興味深い。チャイコフスキーは圧巻の名演である。
紙幅も尽きてきたので、この後はカラヤンの珍しいレパートリーと、とくに優れた演奏を挙げるにとどめたい。珍しいレパートリーではペンデレツキ「ヴァイオリンと管弦楽のためのカプリッチョ」(Disc 5、1974年2月17日)、ゲルハルト・ヴィンベルガー「12の独奏チェロ、木管楽器と打楽器のための《プレイズ》」(Disc 13,1977年1月25日)、ヴェルナー・テーリヒェン「2人のティンパニ独奏、声楽、室内合唱と管弦楽のための協奏曲《蛙鼠合戦》」(Disc 14、1977年9月25日)の3曲が収録されている。
カラヤンはペンデレツキ作品のレコードは残さなかったものの、1968年に《ポリモルフィア》を演奏するなど、興味を抱いていたようだ。ここでもコンサートマスターのレオン・シュピーラーをソリストに立て、多彩な音色を駆使した鮮烈な演奏を示している。ヴィンベルガーとテーリヒェンの作品は、ベルリン・フィルの楽員が初演することを想定して書かれている。前者は「対立/オスティナート/ノスタルジー/スウィング」の4楽章からなる。緊張感のある音楽が次第に親しみやすくなり、最後はジャズ的に結ばれるが、カラヤンのジャズというのは珍しいと思う。テーリヒェンはご承知の通りベルリン・フィル古参のティンパニ奏者で、カラヤンには愛憎半ばする感情を抱いていた。この曲もカラヤンの何気ない一言に触発されて書かれたという。バリトンと合唱団が加わるカンタータ風の音楽の中で二人の打楽器奏者が競うが、解説書のペーター・ユーリングによると歌詞は意味のないギリシャ語風の言葉とのことで、解説書であらすじだけ読めば十分楽しめる。この日が初演にあたっていた。
最後に、上記以外の優れた演奏に触れたい。カラヤンの禅的な深い集中と、オーケストラのコクのある音色が美しいシューベルト《未完成》(Disc 5、1974年2月17日)、濃厚なロマンと官能美を発散するベルク《抒情組曲》からの3つの楽章(Disc 8、1975年4月20日)、前後のレコード録音より速めテンポで旋律を熱く歌いぬいたR.シュトラウス《メタモルフォーゼン》、うなり声を上げながらの指揮で、音楽が迸るような《ツァラトゥストラはかく語りき》(以上Disc 9、1975年9月25日)、ベルリン・フィルのソリストたちの愉悦的な音楽的対話が美しいモーツァルト「オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴットと管弦楽のための協奏交響曲」(Disc.10、1976年10月16日)、雄大なスケールのうちで、闇深い奇数楽章と曲折ある偶数楽章のバランスが絶妙なシベリウス「交響曲第4番」(Disc 17、1978年1月28日、ただし第4楽章にトラックの打ち間違いがある)、得意曲ながら慣れて演奏することなく、内容的な間合いと乾坤一擲のアゴーギクでドラマティックに盛り上げるシューマン「交響曲第4番」(Disc 19、1979年1月27日)を挙げておきたい。
芳岡 正樹(音楽評論)

協力:ファインアーツミュージック

