プレルーディウム連載

【連載】プレルーディウム 第16回/舩木篤也

音楽評論家・舩木篤也氏の連載「プレルーディウム」。
プレルーディウム(Präludium)は、ドイツ語で「前奏曲」の意味。毎回あるディスク(音源)を巡って、ときに音楽の枠を超えて自由に思索する、毎月1日更新の注目連載です。
第16回はラファエル・ピション指揮ピグマリオンの『モーツァルト:レクイエム』が登場します。相模湾に面する江之浦測候所の冬至光遥拝隧道に立ち、脳内で〈いけにえを〉が流れたことを端緒に、冬至とモーツァルト《レクイエム》について考究していきます。

ディスク情報

モーツァルト:レクイエム
〔モーツァルト:レクイエム ニ短調K.626,ミゼレーレK.90,K.228(515b),K.122,K.393/2,K.Anh.110,K.343/1〕

ラファエル・ピション指揮ピグマリオン、イン・ファン(S)ベス・テイラー(A)ローレンス・キルスビー(T)アレックス・ローゼン(Bs)シャディ・ラズレク(B-S)他
〈録音:2023年9月(L)〉
[Harmonia Mundi(D)HMM902729(海外盤)]

De morte transire ad vitam~死から生に移り行くよう

いけにえと祈りを、主よ、あなたを讃えるために奉げます。
私たちが思いを寄せる、かの魂のために、それらをお納めください。
あの魂たちが、死から生に移り行くよう、お取りはからいください。

——奉献唱より〈いけにえを〉

 去る年の瀬の、とてもよく晴れた日。私は「江之浦測候所」の高い突端に立ち、どこまでも碧い海と空を視界いっぱいに収めながら、《レクイエム》の奉献唱を思い出していた。その第2曲〈いけにえを〉。モーツァルト作/ジュスマイアー編のそれは、少年の頃から好きな曲で、どうかすると、ふと脳内で鳴り出す。ゆったりと上下行する弦楽に始まる、変ホ長調の、どこかキラキラとした柔らかな音楽。ちょうどラファエル・ピションが指揮したディスクを聴き直したばかりだったからか。目の前の相模湾も、陽光を柔らかに映して煌めいている。

小田原文化財団 江之浦測候所

所在地:神奈川県小田原市江之浦362-1
入館料:インターネットから事前購入の場合は3,300円、当日券は3,850円
※当日券は定員に達していない場合のみ

見学時間:事前予約・入替制(午前の部: 10:00~13:00、午後の部: 13:30~16:30)
休館日:火・水曜日、年末年始および臨時休館日

 江之浦測候所を、さて、なんと説明したものだろう?
 アーティスト杉本博司が、小田原近郊の江之浦にある元みかん山に築いた、お社というのか、能舞台というのか、茶室つきの庭というのか、あるいは農園というのか。つまりはその全部なのだが、その広い一帯は、やはり測候所と呼ぶほかない。天体の中の私たちの「存在」を確かめるための場所だからだ。
 そのために、杉本は、3つの軸線を造形した。
 一つは、能舞台の橋懸かりの線。それは、野外に築かれた屋根のない石舞台に続く、石の橋懸かりで、春分・秋分の日に、相模湾から顔を出した朝日がその線に沿って射すのである。
 もう一つは、真っ直ぐに100メートル伸びるギャラリー空間の線。大谷石とガラスでできた、その長い筒状の方形空間は、杉本の写真作品を展示する文字どおりギャラリーなのだが、この線は、夏至の朝の陽射しに一致させてある。
 そして最後の一つが、分厚いさび色の鉄でできた、その名も「冬至光遥拝隧道」。これも方形で、先のギャラリーの下をクロスするように70メートルにわたって貫いており、その暗い空洞の中は、人が歩けるようになっている。ここに、そう、相模湾から現れる冬至の日の出が真っ直ぐに射し込んでくるのだ。その光は、海の反対側に抜けると、そこに設えられた巨石を照らすという。この鉄の隧道の、海側に突き出た部分、その上に、私は立ってみたのである。
 そうしてモーツァルトが鳴り出したのは、いまにしてみれば、偶然ではなかったように思う。

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