シルヴェストロフ(ジース編):ウクライナへの祈り,R.シュトラウス:交響詩《英雄の生涯》
大野和士指揮東京都交響楽団、矢部達哉(vn)
〈録音:2022年4月21日(L)〉
[Altus(D)ALT546(海外盤)]
矢部達哉の魅力全開のソロに
寄りそう都響の充実ぶり
東京都交響楽団と音楽監督・大野和士によるライブ・シリーズの第4弾。2022年4月21日に東京オペラシティ コンサートホールで演奏されたヴァレンティン・シルヴェストロフ《ウクライナへの祈り》(アンドレアス・ジース編)とリヒャルト・シュトラウス《英雄の生涯》が収められている。
《ウクライナへの祈り》は、寄せては返す波のような響きの中で、静謐な調べが情感豊かに紡がれる小品。キーウ生まれの作曲家シルヴェストロフが2014年に書いた無伴奏合唱曲の管弦楽版(2022年編曲)であり、これが日本初演であった。
メインの《英雄の生涯》は、冒頭から大野の気合いの入った声が聞こえてくる熱演で、オーケストラも渾身の演奏で応えている。オーボエの広田智之、ホルンの西條貴人をはじめとする首席陣の快演に加え、都響が誇る弦セクション(14型)の透き通るような響きも随所で輝きを放っており、〈英雄の戦場〉練習番号62手前からの中高弦による16分音符の動きなど、普段は背景として聞き流してしまうような部分もきっちりと「見える」演奏に仕上がっている。
コンサートマスター矢部達哉のソロは〈英雄の伴侶〉の入りからなんとも瑞々しく、艶やかな音色。練習番号26(トラック4、2:00~)の2~4小節目などに置かれた重音も決して雑にならずにバランスよく響かせ、同6小節目では、洒落た節回しでフレーズを美しく軟着陸させる。その後の部分でも、シュトラウスが記した旋律の数々を自然かつ表情豊かに歌い上げ、音楽に確かな奥行きをもたらしていく。妖艶でありながらも気品に満ち、繊細でありながらも芯は強い。一音一音にしっかりと血が通っている剛柔自在のソロに圧倒された。最終トラック末尾に収められた楽団員たちの大きな足踏み(拍手)の音も矢部のソロの出来栄えを雄弁に物語っている。
近年の東京都交響楽団の充実ぶりと、矢部達哉という名ヴァイオリニストの魅力を、改めて実感させてくれる1枚だ。
本田裕暉 (音楽評論)
協力:キングインターナショナル