
オリジン~チェロ独奏のための邦人作品集
〔黛敏郎:BUNRAKU,武満徹:エア,日本古謡:さくら(上野通明 編曲),松村禎三:祈祷歌,山田耕筰:からたちの花(上野通明 編曲),滝廉太郎:荒城の月(上野通明 編曲),森円花:フェニックス〕
上野通明(vc)
〈録音:2024年5月〉
[La Dolce Volta(D)LDV140(海外盤,日本語解説付)]
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チェロから始まるアイデンティティの探究
65分15秒、チェロの音だけが鳴っている。しかしその多彩な音たちは、ときには太棹三味線のように、あるいはフルートのように、そうしてさながら人の声のようにも響く。このディスクを通して、私たちはチェロという楽器が秘め持つ可能性の大きさにあらためて驚かされる。また同時に、作品自体の新たな一面にも気づくことができるであろう。
1曲目の収録作品は黛敏郎の《BUNRAKU》。冒頭の1分間、ピツィカートだけでもう聴く者をすっかり夢中にさせる。指弾きの強さや角度、間合いのとり方が工夫されている。やがて弓弾きは太夫の語りのように旋律を奏で始め、とろけるようなポルタメントも随所にちりばめられてゆく。2曲目の《エア》は、武満徹が独奏フルートのために書いた作品で、今回ご遺族の許可を得てチェロ版を作り演奏したという。浮遊感のある原曲とは異なり、内省的な情感をまとっている。3曲目の日本古謡《さくら》では、繊細さと深みを併せ持つチェロの妙音を堪能できる。4曲目の松村禎三《祈祷歌》は、十七弦箏のために作曲され、翌年にチェロ独奏用に編曲された。陰影に意識を向けた演奏は、最後まで集中力をきらさない。なじみ深い山田耕筰の《からたちの花》と滝廉太郎の《荒城の月》は、演奏者自身の編曲による。何度もきいたことのあるメロディが、重ねる音の違いやニュアンスのつけかたにより、まったく新鮮に響きだす。最後に収められた森円花の《フェニックス》は現代曲。作曲者と演奏者の若いエネルギーとみずみずしさに満ちあふれている。
万華鏡のように変容してゆく音のきらめきは、確かな表現力に裏打ちされている。演奏者は上野通明。2021年にジュネーヴ国際コンクール・チェロ部門で日本人初の優勝を果たした。パラグアイで生まれ、幼少期をスペインで過ごした上野が、いま邦人作品を通して日本人のアイデンティティを探究する。ライナーノートは仏、英、独、日の各言語で記されており、世界への発信が期待される。
仲辻真帆 (音楽学)
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上野通明 ©Seiji Okumiya
協力:ナクソス・ジャパン