
ザ・コンプリート・RCA・アルバム・コレクション〈完全生産限定盤〉
〔スメタナ:弦楽四重奏曲第1番《わが生涯より》,ドヴォジャーク(ドヴォルザーク):弦楽四重奏曲第14番,W.A. モーツァルト:弦楽四重奏曲第22番,同第23番,ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番~第3番,他〕
グァルネリ弦楽四重奏団〔アーノルド・スタインハート(第1vn),ジョン・ダリー(第2vn),マイケル・トゥリー(va),デヴィット・ソイヤー,ピーター・ワイリー(vc)〕,アルトゥール・ルービンシュタイン(p) 他
〈録音:1965年~2006年〉
[RCA Red Seal(S)(D)19658886002(49枚組,海外盤)]
《わが生涯より》から始まる45年の歩み
グァルネリ弦楽四重奏団の足跡をたどった49枚組は、CDサイズに縮小してはいるが、発売当時のジャケットをそのままに再現し、盤面も最後の数枚を除いてはLPのそれを再現している(だから「Side 1」とか「Side A」などと書かれている)。ジャケットの風合いなども良い意味で時代を感じさせるし、LP時代を知る世代にとっては懐かしさを味わえるボックスである。
英語のライナーノーツにも記されている通り、グァルネリ弦楽四重奏団は1964年にデビューし、1966年4月25日にスメタナの弦楽四重奏曲第1番《わが生涯より》とドヴォジャークの弦楽四重奏曲第14番を入れた1枚と、W.A. モーツァルトの「プロイセン王四重奏曲」からの第22番と第23番を入れた1枚を同時リリースしてレコードデビューを飾った。モーツァルトとドヴォジャークは、それぞれの実り多い弦楽四重奏創作の最後期に位置する作品であり、両者の間には100年を超える隔たりがある。王道レパートリーの中で、表現の幅の広さを見せようという意欲を感じさせる選曲である。作曲家の円熟期の作品を取り上げる傾向もあるように見受けられる。
彼らの長い録音史の1曲目に位置するスメタナの楽曲は、弦楽四重奏曲には珍しく「標題」と呼んでも良いものの存在が知られており、第4楽章で作曲者自身の難聴を示唆する高音が鳴り響く。その直後には悲劇的な主題が登場するが、第1楽章の主要主題は、それを予示するものである。冒頭のスフォルツァティッシモによる10音和音から一気に緊張感が高まり、差し迫ってくるような音楽が説得力を持って語られ、対照的に穏やかな副次主題への移行も見事である。2枚目のアルバムの幕開けとなるモーツァルトの第22番は、穏やかに語りかけるようであり、緊張感の質はスメタナとはまったく異なるが、楽器間のバランスに細心の注意が払われており、楽想の推移のさせかたも見事である。

「弦楽四重奏曲」以外の室内楽録音にも注目
早くも3枚目のアルバムではゲストを迎えており、チャイコフスキーの弦楽六重奏曲《フィレンツェの思い出》を録音している。作曲家の最後の室内楽作品であり、晩年の充実した書法が秀逸なアンサンブルによって鮮やかに描出されている。オペラの一場面にも相応しいような艶やかさを感じさせる第2楽章なども聴きどころだろう。
こうしたゲストを迎えたレコーディングの充実ぶりも彼らのひとつの特徴である。19世紀に大きく発展したピアノを含む室内楽では、ピアノ四重奏曲でブラームスの全3曲、ドヴォジャークの第2番、フォーレの第1番を、ピアノ五重奏曲でシューマン、ブラームス、ドヴォジャークの作品を録音している。ピアノはいずれもアルトゥール・ルービンシュタインが担当している。モダンピアノの場合、ともすればピアノの存在感が大きくなってしまいがちなレパートリー群だが、いずれもバランスに優れた録音になっている。
弦楽五重奏曲では、ヴィオラを1本加えたモーツァルトの全6曲、ベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーンの第2番、ブラームスの全2曲、ドヴォジャークの第3番のほかに、チェロを加えたシューベルト作品、そしてコントラバスを加えたモーツァルト《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》とシューベルト(「ます」)がある。チェロを休ませたドヴォジャークの弦楽三重奏曲の録音もある。最大編成はメンデルスゾーンの弦楽八重奏曲で、若きメンデルスゾーンの情熱が抑制の利いた演奏で表現されている。
グァルネリ弦楽四重奏団は、2000年にチェリストが交替し、2005年にそのメンバー構成での唯一の録音となったドホナーニの第2・3番、コダーイの第2番を入れ、そのアルバムがリリースされた2009年に解散した。上述の概要でもお分かりいただける通り、弦楽四重奏曲のみにはまったく限られない室内楽の名作に魅力的な録音を残している。
沼口隆(音楽学)
協力:ソニーミュージック