
金曜連載「名演奏家再批評」。このコーナーは、新世代の書き手がクラシック音楽の名演奏家を各4回のリレー形式で論じるものです。
第4弾では、レコード芸術ONLINEの新譜月評担当筆者でピアニストでもある長井進之介さんが、ある映像との出会いによって突然その演奏に魅了されたという、ウラディミール・ホロヴィッツについて再批評していきます。全4回のうち、1回目は無料公開、2回目以降は有料公開です。
■Editor’s Note
ウラディミール・ホロヴィッツ Vladimir Horowitz(1903~89)は、ウクライナのキーウに生まれ、アメリカを拠点に活躍した、20世紀を代表するピアニスト。12年間のコンサート活動休止や使用楽器への徹底したこだわりから、生前より伝説的存在として知られた一方、その個性あふれる演奏はしばしば賛否両論を呼んだ。ロマン派のレパートリーを中心に数々の重要な録音を遺している。
Text=長井進之介
ピアニズムに熱中する
ウラディミール・ホロヴィッツは、ピアノを演奏する人はもちろん、ピアノを愛する人にとって、常に意識せざるを得ない存在といえるだろう。「真珠」とも評されたやわらかく繊細なピアニシモから「鋼」、「雷鳴」などさまざまに形容されるほどの音量を誇るフォルテシモまで自在にピアノから引き出し、常に聴衆を魅了し続けた。そんな彼の奏法は(あくまでも)一見“独特”だ。
ピアノを演奏する際は手のひらと鍵盤との間に卵が1個入るくらいの空間を作り、指先で打鍵するように指導を受ける。だがホロヴィッツの演奏を見ていると、指を伸ばし、指の腹で打鍵していることがほとんどだ。また、手首は鍵盤の高さと同じ、あるいはそれよりも下げており、指をほぼ垂直に鍵盤へ落とすような動作も見られる。このような奏法が彼の独自の音色を作り出しているといわれている。
それでも映像をよく見てみると、たしかに指は伸びているが、速いパッセージなどでは指を立てているところもあり、当然のことながら必要な音色によって使い分けている。脱力した腕の重みを瞬時に手首、そして関節へと伝え、鍵盤上を自由に指が動いており、ロシア・ピアニズムの奏法に則っていることもわかる。そして彼の技術が極めて特別なのは第3関節のコントロールの巧みさ、それを支える腱の強さ、そして指の腹のクッションの繊細な扱いによるところが大きい。伝えられた重みと素早い指の動きをやわらかな指の腹で受け止めることで、弱音時はもちろん、強い音を弾くときにも多彩な音色を生み出すことができているのである。ピアノとの距離の近さも、第3関節の動きをよりなめらかにするためであろう。
これらを筆者が実感したのは1968年放映の『ホロヴィッツ・オン・テレビジョン』の初DVD化の際(2015年)に解説を書かせていただいたのがきっかけであった。ショパンのポロネーズ第5番嬰ヘ短調Op.44の映像を見て、一気に彼の演奏に魅了されてしまったのだ。第2回ではショパンの楽曲を中心にホロヴィッツの演奏について見ていきたい。


1 ホロヴィッツ・オン・テレヴィジョン
〔ショパン:バラード第1番,夜想曲第15番,ポロネーズ第5番,スクリャービン:練習曲 嬰二短調 Op.8-12,ホロヴィッツ:ビゼーの《カルメン》の主題による変奏曲,他〕
ウラディミール・ホロヴィッツ(p)
〈録音/収録:1968年1月~2月(L)〉
[ソニー・クラシカル(S)SICC30801~02(2枚組,CD+DVD)]
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2 ウラディミール・ホロヴィッツ ザ・ヴィデオ・コレクション
ウラディミール・ホロヴィッツ(p)
〈収録:1968年1月~87年5月(一部L)〉
[ソニー・クラシカル(M/S/D)SIXC83~9(7枚組)]Blu-ray Disc
【メーカー商品ページはこちら】
『ホロヴィッツ・オン・テレヴィジョン』や、第3回に登場するモシュコフスキ、スクリャービンの演奏風景を収めたBlu-rayのBOX。
(かくして私はホロヴィッツに熱中した②に続きます。2026年4月10日更新予定です)
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