2026年はリトアニアの作曲家で画家チュルリョーニスの生誕150年にあたり、その絵画展が東京で開催されます。日本で大規模な展覧会が開催されるのは34年ぶりとのこと。前回1992年の展覧会の折には、音楽界でもちょっとしたチュルリョーニス・ブームが起きたのをご記憶の方もいるかもしれません。ストラヴィンスキーがチュルリョーニスの絵を所持していたことが知られており、同時代の芸術家の間でも彼の作品の魅力は知られていたようです。この間にチュルリョーニス研究も進み、あらたな楽譜にもとづく録音も登場。ここではチュルリョーニスの研究者・布川由美子さんに、チュルリョーニスの、ひいてはリトアニア音楽の魅力について寄稿して頂きました。

チュルリョーニス:海、森の中へ
チュルリョーニス:管弦楽作品集
序曲「ケストゥティス」/交響詩「森の中で」/交響詩「海」
モデスタス・ピトレナス(指揮) /リトアニア国立交響楽団]
録音:2019年
CD:ODE-1344(輸入盤)
【試聴・購入はこちら】
2026年3月28日から6月14日まで、東京・上野の国立西洋美術館で「チュルリョーニス生誕150周年記念絵画展」が開催される。これを機に、東京・春・音楽祭でもチュルリョーニスの音楽作品やリトアニアの作曲家の作品が紹介される予定だ。日本ではまだ広く知られているとは言い難いリトアニア音楽の世界に触れる貴重な機会となるだろう。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス(1875–1911)は、作曲家であると同時に画家としても活動した、ヨーロッパ芸術史の中でもきわめて特異な存在である。リトアニア南部ヴァレーナ近郊に生まれ、ワルシャワ音楽院およびライプツィヒ音楽院で作曲を学んだ。実は、同時期に日本からは瀧廉太郎も同音楽院に留学しており、同じザーロモン・ヤーダスゾーン教授に音楽理論と対位法を学んでいたのだが、瀧は入学早々オペラ鑑賞に出かけた際に結核に感染し、音楽院に通学したのはわずか1か月と3週間ほどであったとされている。
作曲家として出発したチュルリョーニスは、1900年前後から本格的に絵画制作にも取り組み始め、音楽と絵画という二つの表現領域を並行して探究するようになる。音楽の構造や時間的思考を絵画の構成へと移し替えるという独自の創作理念は、当時の象徴主義芸術とも響き合いながら、自然や宇宙、精神世界を見つめる静かなまなざしを備えた独自の芸術世界を生み出した。チュルリョーニスは35歳という若さで亡くなったが、今日ではリトアニアを代表する芸術家として広く知られている。

チュルリョーニスの音楽はロマン派の語法を基盤としながらも、すでに象徴主義的な響きを備えている。現存する作品にはピアノ曲や合唱曲が多いが、管弦楽作品としては交響詩《森の中で》(1900–01)と《海》(1903–07)、そして序曲《ケストゥティス》(1902)が知られている。序曲《ケストゥティス》には、ライプツィヒ留学期に触れたドイツ後期ロマン派の管弦楽法の影響が感じられる。現存する楽譜には不完全な部分も多く、後にリトアニアの作曲家ユオザパス・タッラト=ケルプシャによって補筆・再構成された。

二つの交響詩《森の中で》と《海》は、リトアニア交響音楽の出発点とも言うべき重要な作品である。《森の中で》では、森の奥行きや自然の静寂が音の層によってゆっくりと広がり、松林のざわめきや森の気配が音楽的に描き出される。一方、《海》はチュルリョーニス最大規模の管弦楽作品で、オルガンを含む大編成によって海のうねりや壮大な自然の力が表現されている。これらの作品には、自然の音や宇宙の秩序から交響曲を作り出したいという作曲者の理念が色濃く反映されている。こうした音楽的思考は、後年の絵画連作《海のソナタ》などとも深く響き合い、音楽と視覚芸術が相互に照応するチュルリョーニス独自の芸術世界を形作っている。
なお、これら序曲《ケストゥティス》と二つの交響詩《森の中で》《海》は、リトアニア国立交響楽団、モデスタス・ピトレナス指揮による録音で聴くことができる(ONDINE ODE-1344)。

リトアニア音楽との出会い
私が初めてリトアニアを訪れたのは、ロンドン大学在学中の2005年の夏だった。ラトヴィア研究を専門とする日本人の教授とラトヴィアのリガで合流し、そこから長距離バスで約5時間かけてリトアニアの首都ヴィリニュスへ向かった。
同行していた教授が日本大使館での用務に出かけている間、私は旧市街の書店や露店のマーケットを歩き回り、川沿いにあったCDショップにも立ち寄った。そこで店主に勧められて購入したCDの中に、チュルリョーニスをはじめとするリトアニアの作曲家たちの作品が含まれていた。
その音楽は、ドイツでもロシアでもない、どこか牧歌的で素朴な独自の響きを持っていた。派手な外面的効果ではなく、静かな音の広がりや自然との結びつきを感じさせるその音楽に、私は強く魅了されたのである。

その後もバルト三国への関心は続き、数年かけて各国を訪れるうちに、リトアニア文化への関心はさらに深まっていった。ヴィリニュス大学の夏季リトアニア語講座に参加した際には、歌と踊りの祭典などにも触れ、リトアニア国内やポーランド、サンクトペテルブルクを旅しながらチュルリョーニスにゆかりのある地を巡った。
当初は個人的な関心に過ぎなかったが、その後ヤマハからチュルリョーニスのピアノ作品集の楽譜出版の話をいただき、音楽学者ダリウス・クチンスカス教授と共同で出版に携わることになった。この縁からリトアニアで博士課程に進む機会を得て、結果的に日本人として初めてリトアニアでチュルリョーニス研究の博士号を取得することになった。
⇒後編ではリトアニア音楽の魅力について語って頂きます
早稲田大学非常勤講師。リトアニア国立カウナス工科大学で日本人初の博士号(PhD)を取得。ロンドン大学ゴールドスミス校修士課程(MMus)修了。チュルリョーニス研究を専門とし、国際学会での発表や楽譜出版・翻訳に携わっている。

チュルリョーニス:海、森の中へ
チュルリョーニス:管弦楽作品集
序曲「ケストゥティス」/交響詩「森の中で」/交響詩「海」
モデスタス・ピトレナス(指揮) /リトアニア国立交響楽団]
録音:2019年
CD:ODE-1344(輸入盤)
【試聴・購入はこちら】
企画・制作:ナクソス・ジャパン

