最新盤レビュー

小澤征爾の「多才」、その勢いを捉えた
1980~90年代の映像作品4点がブルーレイ化

ディスク情報

ライヴ・イン・ジャパン1986〔R.シュトラウス:交響詩《ツァラトゥストラはかく語りき》、ブラームス:交響曲第1番〕
小澤征爾/ボストンso
〈収録:1986年3月1日〉
[ソニー・クラシカル(D)SIXC107]
5,500円

ディスク情報

ドヴォルザーク・イン・プラハ〔序曲《謝肉祭》、交響曲第9番《新世界より》~第2楽章、「わが母の教えたまいし歌」他〕
小澤征爾/ボストンso、ヨーヨー・マ(vc)イツァーク・パールマン(vn)ルドルフ・フィルクスニー(p)フレデリカ・フォン・シュターデ(Ms)他
〈収録:1993年12月16日〉
[ソニー・クラシカル(D)SIXC108]
5,500円

ディスク情報

マルサリス・オン・ミュージック with 小澤征爾 Vol. 1
「なぜタップを踏むのか」「音楽の形式を見分ける」
ウィントン・マルサリス(tp)小澤征爾/タングルウッド・ミュージック・センターo他
〈収録:1990年代〉
[ソニー・クラシカル(D)SIXC109]
5,500円

ディスク情報

マルサリス・オン・ミュージック with 小澤征爾 Vol. 2
「スーザからサッチモへ」「モンスターに挑戦する」
ウィントン・マルサリス(tp)小澤征爾/リバティ・ブラス・バンド他
〈収録:1990年代〉
[ソニー・クラシカル(D)SIXC110]
5,500円


小澤&ボストン響コンビの黄金時代の記録
天才マルサリスとの「音楽入門」も秀逸

「世界のオザワ」にしか成し得なかった、しかし今こそそうした冠をちょっと横に置いて、虚心坦懐に見直してみると、あらためて多くの発見(と、それゆえの喜び)がある映像群ではあるまいか。

本年(2024年)2月に逝去した小澤征爾――世界を駆けたマエストロが残した膨大な業績のうち、1980~90年代にボストン交響楽団と共演したライヴ映像2点、さらに名トランペット奏者ウィントン・マルサリスとの共演で音楽の魅力を伝える映像シリーズ2点が再発売された。いずれも、レーザーディスク用のマスターから最新技術でアップコンバートされての初ブルーレイ化。さすがに時代は感じるものの、抑制の効いた色調と輪郭もソフトめな映像が、落ち着いた綺麗さで蘇っており驚いた。初めてご覧になる方にも愉しんでいただけると思う。

まず、38歳の1973年から30年近くにわたって音楽監督を務めたボストン交響楽団との2点からご紹介しよう。『ライヴ・イン・ジャパン1986』は、ボストン交響楽団との来日公演で収録されたライヴ映像(1986年3月1日/大阪フェスティバルホール)で、前半のR.シュトラウス《ツァラトゥストラはかく語りき》から面白い。演奏のスケール感はもちろんのこと、アーティキュレーションの濃い、弦セクションの分厚い歌を、小澤の堂々として明晰なタクト(後年と違って指揮棒を持っての演奏だ)が、掘り起こすように導いてゆく様が、名門オーケストラとの厚い信頼関係という以上に「指揮芸術の雄弁と卓抜」を実見/実感させてくれる。

たとえば、低弦の分奏が次々に入ってくる〈科学について〉の箇所。微妙なズレが目立つ実に厄介な譜割りを、ほんの僅かな表情の動き(と瞬時に落ち着かせて危険を回避させるタクト)で崖っぷちを堂々と切り抜け……といったところを筆頭に、映像を注意深く観なければ気づきにくい、ライヴ映像だからこそ見えてくる指揮者と楽団の関係性が捉えられる瞬間が無数にある。後半、ブラームスの交響曲第1番も、のちにサイトウ・キネン・オーケストラとの共演でみせた豪壮熱烈な音楽とは異なる、巨大な安定感の中に熱を満たして(良い意味で)オーソドックスな形を切り拓く演奏をみせ、むしろ小澤征爾の「芯」が明確に記録されているように感じられる。

『ドヴォルザーク・イン・プラハ』は、1993年、音楽監督就任20周年を迎えた小澤がボストン響を率いてのヨーロッパ・ツアー、その最後にチェコはプラハで行なったライヴの映像。交響曲第9番《新世界より》初演100周年を記念したガラ・コンサートで、なにしろ共演陣が豪勢。イツァーク・パールマン(vn)とヨーヨー・マ(vc)がそれぞれのソロの後に《ユモレスク》を二重協奏曲よろしく共演している(この公演のためのモラヴェッツによる新編曲だった)のは、原曲が小品であることを忘れる。

かと思えば、フレデリカ・フォン・シュターデ(Ms)がオーケストラと歌う《月に寄せる歌》……彼女がルドルフ・フィルスクニーのピアノ(この名匠は本ステージの7ヶ月後に急逝する)と共演する《わが母の教え給いし歌》に続いて、フィルクスニー&パールマン&マの《ドゥムキー》第5楽章(この瑞々しさよ!)と、小澤の振らない部分も濃い。チェコの名合唱指揮者パヴェル・キューン率いるプラハ・フィルハーモニー合唱団を迎えた〈詩篇第149番〉も、あまり聴かれない作品だからこそ、この優れた共演で味わえるのは貴重だし、最後の《スラヴ舞曲集》ヴァイオリン&チェロ協奏ヴァージョンまで、小澤がいなければ実現しなかった共演なのではなかったか。

『マルサリス・オン・ミュージック with 小澤征爾』2タイトルは、Vol.1の冒頭で小澤征爾が、音楽祭のひらかれるタングルウッドの納屋の前で(日本語で)趣旨を説明しているように、若い人々に音楽の愉しさを伝えるために制作された映像だ。Vol.1ではまず、ウィントン・マルサリス率いるジャズ・オーケストラ、そして小澤征爾の率いるタングルウッド・ミュージック・センター・オーケストラが、チャイコフスキー《くるみ割り人形》組曲を、原曲とジャズ版の編曲を織り交ぜて演奏しながら、リズムの面白さと奥深さを伝え……。音楽の基礎を明るく(豪華に!)解き明かす。

Vol.2ではジャズの魅力へさらに深く、そして「音楽を練習すること、とは」まで取り上げているのが、普通の音楽講座ではちょっとないアプローチで面白い。ここでも小澤の盟友ヨーヨー・マが、タングルウッド仲間として登場(!)、ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番からカデンツァを弾きまくり、最高級の音楽をぶつけて来るところから、演奏をつくる過程へと踏み込んでゆく。マルサリスとヨーヨー・マが子供たちを前に、練習法や演奏解釈、ボウイング……と縦横無尽に切り込んでゆく対話など、若い演奏家向けのマスタークラスともまた異なる、しかし芯を深く突いた異例の音楽講座になっている。

いずれも内容的にもまったく古びない、音楽エンタテイメントとしても教育作品としても優れたものだと思う。再発売を期に、未見の方にこそ広くお勧めしたい。

山野雄大 (ライター/音楽・舞踊評論)
協力:(株)ソニー・ミュージックエンタテインメント

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