最新盤レビュー

ピアノ・エチュード全集の最新注目盤
ヘンゼルトとダマーズの遠さと近さ

ディスク情報

アドルフ・フォン・ヘンゼルト/エチュード全集
〔12の性格的練習曲 Op.2,12のサロン用練習曲 Op.5, 練習曲 イ短調,牧童の別れの言葉(ゴンドラ) Op.13-2〕

田所光之マルセル(p)
〈録音:2024年9月〉
[ナクソス(D)NYCX10527]

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ダマーズ/ピアノ作品集2~エチュード全集
〔ピアノのための《8つのエチュード》,ピアノのためのエチュード集《公式と問題》,ささいな苦行〕

山田磨依(p)
〈録音:2024年11月〉
[モリス・レコード(D)MLSR12702]

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2つの録音から立ちあらわる、楽興の共通性

 フランス人の母と日本人の父を持ち、近年活発な演奏活動を続ける田所光之マルセル。同じくパリに留学し、ジャン゠ミシェル・ダマーズの音楽の魅力を発信し続ける山田磨依。フランスに縁のある、歳の近い2人の旬なピアニストによる2つのエチュード全集が、奇しくも同時期に録音、発売された。気鋭のピアニストの、レパートリーの開拓に対する意欲にあふれた2枚である。
 ドイツに生まれ、ロシアを拠点とした19世紀の作曲家・ピアニスト、アドルフ・フォン・ヘンゼルト。留学中にロシア人の師の教えに大きな影響を受けたという田所は、ロシア・ピアニズムの陰の立役者であったヘンゼルトのエチュードを、大胆にもデビュー盤に選んだ。エチュードが指の訓練以上の、美的・芸術的ジャンルとなった時期に作られた2つの曲集は、文学的なタイトルのもと多種多様な技巧を盛り込んだ小品からなり、シューマンやリストに通じる詩情をふつふつと立ち上らせる。田所は立ち上がりのよいくっきりとした音色で、細やかな音の連なりも粒立ちよく響かせ、性格的小品の演奏が陥りがちなわざとらしさや重々しさと無縁の、爽やかな解釈を聴かせる。
 ダマーズの作品を熱心に普及してきた山田磨依が、その作品集の3枚目として録音したのがエチュード全集(《8つのエチュード》以外は世界初録音)。ジョルジュ・シフラに献呈するために書かれたという《8つのエチュード》の、難技巧が引き立たせる上機嫌で洒脱、朗らかな曲調はダマーズの面目躍如。《公式と問題》、《ささいな苦行》と続くにつれ、テクスチュアはしだいにシンプルになるが、ダマーズ特有の肩肘張らない親密さは健在。本盤がレファレンスとなることを意識したという山田の演奏は、過度に劇的な表情づけを避けつつも、ダマーズ作品の要である和声の色彩の変転を最大限に引き出し、これらのエチュードがヘンゼルトのそれと同じく芸術的ジャンルであることを示す。
 ヘンゼルトとダマーズの、一部のエチュードのたゆたうような音型が醸しだす穏やかな詩趣は驚くほど似ているし、どちらも同音連打など共通の技術的課題を提示してもいるから、続けて聴くと、2人の作曲家の生きた時代が100年以上も離れていることがときに信じがたく感じられる。

平野貴俊(音楽学)

協力:ナクソス・ジャパン

『ヘンゼルト: エチュード全集』プロモーションビデオ(Naxos Japan公式YouTube)
山田磨依『ダマーズ: ピアノ作品集2 エチュード全集』レコーディング終了後インタビュー集(Naxos Japan公式YouTube)

※記事に誤りがございました。お詫びして訂正いたします。誤:フランス人の父と日本人の母、正:フランス人の母と日本人の父。

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