アニバーサリー作曲家レコ芸アーカイブ
特捜プロジェクト・アニバーサリー作曲家 2007年⑫

ローザ,ミクロス
Rózsa,Miklós(1907~95)

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文・満津岡信育(まつおか・のぶやす)

1959年東京都杉並区生まれ。音楽評論家。コピーライターを経て、40歳を目前にして名刺に音楽ライターと刷り込んで以来、音楽誌やCDのライナー・ノーツの執筆を中心に活動中。内外の音楽家へのインタビューも数多く手がけている。旧『レコード芸術』誌では、新譜月評で交響曲を担当。著書に『ON BOOKS advance もっときわめる! 1曲1冊シリーズ ②ストラヴィンスキー:《春の祭典》』(音楽之友社)がある。2016年からNHK-FMの『名演奏ライブラリー』で案内役を務めている。

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映画音楽とクラシック音楽の
双方で活躍したローザ

コルンゴルト没後50年のアニヴァーサリー・イヤーであった2007年は、彼と同じように、クラシック音楽とハリウッドという2つの世界で活動を繰り広げたミクロス・ローザの生誕100年にもあたっていた。ローザは、『Double Life』という回想録を1982年に公刊しており、自らのキャリアを異なる世界に生きた二重生活者であったと認めているわけであるが、この項では、映画音楽の作曲者としての栄光と功績には敢えて目をつぶり、もっぱらクラシック音楽の作曲家としてのローザにスポットを当てていくことにしよう。

1907年4月18日に、ハンガリーのブダペストでロージャ・ミクローシュとして生まれたローザの場合、父がナジロッツ出身の裕福な大地主兼事業経営者ということもあり、子ども時代の大半を北部ハンガリー地方で過ごし、その地に伝わる民謡や民俗音楽に親しんだという履歴の持ち主である。ローザの音楽に対する関心と愛は、ブダペスト音楽院でトマーンにピアノを学んだ母親(バルトークの2学年後輩!)から受け継いだものであり、5歳からヴァイオリンのレッスンをスタート。すでに、子どもの頃から、民謡や民俗音楽の採譜を行なっていたということである。しかしながら、父親は、ミクローシュ少年が職業音楽家になることを好まず、ローザは、父の希望を受け入れて、ライプツィヒ大学に入学して、化学を専攻しながら、音楽学をも受講。当然のことながら、化学の勉強には身が入らずに、カルク=エーレルトやグラブナーについて、レーガーの対位法の研究をしたりしながら、作曲家になることを決意し、ついにライプツィヒ音楽院で、本格的に作曲を学び始めた。

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