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音楽ライター・フランス語翻訳。慶應義塾大学文学部卒、同大学院文学研究科修士課程修了。器楽・室内楽を中心に雑誌、Webメディア、ライナーノートなどの執筆活動を続けていたが現在は活動休止中。共著書に『200CD 鍵盤の覇者たち』(学研)など。
25歳から音楽家への道

アルベール・ルーセルは、一言でいえば「遅れてきた音楽家」である、ルーセルはフランス北西部フランドル地方、トウルコワンの実業家の家庭に1869年に生まれた。だが翌年に父を結核で、77年に母をも喪った彼は、生地の市長だった祖父の傍らで育つが80年には祖父も死去、その後ルーベの叔母夫妻の元で育てられた。母からソルフェージュの基礎を学んでいたこの孤児は、祖父の書架から抜き出した楽譜でピアノを弾く孤独な少年で、11歳からは正式なピアノのレッスンも受けていた。しかし毎夏を北海沿岸で過ごし、少年期にジュール・ヴェルヌの小説に熱中したことが、異国、そして何より海へとルーセルを惹きつけた。パリのスタニススラフ高校で学んだあと、88年に海軍兵学校に入学、93 年に海軍中尉として軍務に就いたのはそのせいだ。ただその間も音楽に興じ、船にもピアノを持ち込み、そして初めて室内楽演奏の愉しみを覚えた。ルーセルの室内楽作品の多さと親密さはこうした原体験によるところが大きいだろう。翌年、当時の仏領インドシナからの航海を終えて3か月の休暇を貰いルーベに帰り、当地の音楽院院長コスジュルに和声を学んだことが人生を大きく変えた。ルーセルの類い希なる才能を見抜いた彼は、音楽をより深く学ぶべく、友人たるパリの著名なオルガニスト、ウージェーヌ・ジグー(1844~1925)に師事することを強く薦めたのである。かくしてルーセルは軍役を辞し、25歳にしてようやく音楽家への道を志した。このあたりまではR=コルサコフとよく似た経歴と言えるだろう。
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