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イギリスの名手クーパーがベートーヴェンの後期3大ソナタを初録音

ディスク情報

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番,同第31番,同第32番,バルトーク:4つの哀歌~第1番〈アダージョ〉

イモジェン・クーパー(p)
〈録音:2025年9月〉
[シャンドス(D)NYCX10573(国内盤日本語解説付き)]
[Chandos(D)CHAN20362(海外盤)]

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文=西村 祐 (音楽評論・フルート奏者)

等身大に描かれるベートーヴェンと、最後のバルトークの妙味

イギリスを代表するピアニスト、イモジェン・クーパー。ブレンデルの愛弟子で、かつてはモーツァルトやシューベルト、シューマンなどの演奏で高い評価を受けていたが、近年はフォーレやラヴェル、モンポウといった作曲家のすぐれたディスクを発表し、素朴で暖かい音楽作りにさらに磨きがかかっている。

そんなクーパーの新作は、ベートーヴェン最後の3つのソナタ。2018年録音の《ディアベリ変奏曲》以来のベートーヴェンであり、驚くことにこれが初めてのソナタ録音である。彼女はかつてベートーヴェンに対して格闘するような気持ちを抱いていたが、60歳代にして取り組んだ《ディアベリ》を通じてこの作曲家の後期作品に対するイメージが変わった。苦闘していた頃よりもはるかに鮮やかな色彩をもって喜びと豊かさが現れ、受け入れることができたのだという。その印象はこの演奏からも感じ取れ、柔らかな音色としなやかなフレージングによる豊かな歌で、峻厳さや厳格さよりも暖かさや柔軟性が前面に出ている。作品109の第1楽章の即興的なアプローチ、全体を通してそこここに聴こえる遊びやユーモアとその対極にある激情の発露まで、息詰まるような緊張感というよりは、ベートーヴェン晩年の姿を等身大に見せてくれるのだ。

最後のソナタではそれまでとは少し違って音色もダークになり重低音がパワフルに響いて、音楽の緊張感も高まる。これらのソナタの核心は緩徐楽章にあるというクーパーだが、特にこの「アリエッタ」での高い集中力と壮大な音楽はまさに凄絶の一語である。

あえてあっさりと処理されたハ長調の和音が消えたのち、長い沈黙からバルトークの小品が静かに響きはじめる。ごく少ない音の粒によってこそ生み出される静けさと美しい余韻。クーパーは言う。これらのソナタの後にふさわしいのは静寂のみであると。それはこのバルトークがあるからこそ理解が深まる。その意味で最後の2分がこのアルバムの肝心なところなのである。

協力:ナクソス・ジャパン

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