トーキョー・モデュレーション連載

【連載】トーキョー・モデュレーション 第17回/沼野雄司


オランダのアニキが古代ギリシャにもの申す

 音楽ってのは、常に社会に物申すんだ
(Music is always a commentary on society.)
――フランク・ザッパ

 自分に兄がいないせいもあるのだろう。子どもの頃から「年のはなれたアニキ」にあこがれていた。親とはちがう大人。年相応に賢くて、少々悪いことも知っていて、権威に対しては反抗的。タバコを吸ったり、酒を飲んだり、何やらセクシーな恋人がいたりして、とにかくカッコいいのだ。有名人でいえば、わたしの場合には俳優だったら松田優作、作家だったら村上龍、音楽家だったら坂本龍一あたりが、そんなアニキの代表格だった気がする。早く自分もあんな大人になって、ちょっと悪いことをしてみたいなあ、と思っていたわけだ――が、少年老い易く何とやら。本来であれば、今や自分が「憧れられるアニキ」になっていないといけないのに、どうもそういう気配はない。ないのだが、それでも先日、もう70代半ばという年齢のアメリカのアニキ、ブルース・スプリングスティーンの新曲を聴いて、自分もまだまだがんばらねば、と改めて思ったのだった。

『五十年目の俺たちの旅』
現在公開中のこの映画は、かつてのテレビドラマのその後を描いたもの。わたしの世代にとっては、彼らもまた「アニキ」的存在の代表格である。とりあえず観にいったのだが……内容についてはノーコメント

 2026年1月末。ブルース・スプリングスティーンは、アメリカ大統領ドナルド・トランプの「私兵」ICE(アメリカ合衆国移民・関税執行局)に対するプロテスト・ソング《ストリート・オブ・ミネアポリス》を発表した。
 これはもちろん、連続して起きた痛ましい事件への反応に他ならない。ミネソタ州ミネアポリスでICEが不法移民摘発を行なうなか、まず1月7日、3児の母であるレネ・グッドが射殺され、さらに24日には看護師のアレックス・ブレッティが射殺された(二人とも移民ではない)。その後ミネソタ、そして全米で抗議活動が起きているが、ICE側はあくまで正当防衛を主張している。両方の事件ともニュースで動画を見たけれども、少なくともわたしにとっては、どこからどう見ても「正当」とは思えない暴挙である。
 スプリングスティーンの行動は早かった。24日にブレッティ氏が殺されるとすぐに作曲を開始し、27日に録音、そして28日に《Streets Of Minneapolis》の音源とヴィデオを公開。曲はほどなくして、iTunesトップソングチャートでブルーノ・マーズを抜いて1位を獲得した。
 メジャー・コードが続く響きは、何も知らずに聴いていたら、のどかな自然について歌っているのかと勘違いしそうですらある。が、歌詞は激烈だ。「国家安全保障省から来たキング・トランプの私兵たちが、コートのベルトに銃を吊り下げてやってきた。法を執行するためだ、と奴らは言う」「トランプの連邦のごろつきどもは、彼の顔や胸を打ちのめし、そして銃声が聞こえた。アレックス・プレッティは雪の中に倒れ、亡くなった」という具合に、はっきりトランプや被害者の名を織り込んだうえで(もちろん「ICE」という語も登場する)、サビはこう続く。

Oh our Minneapolis, I hear your voice
Singing through the bloody mist
We’ll take our stand for this land
And the stranger in our midst

おお、おれたちのミネアポリス、お前の声が聴こえる
血の霧を通して歌う声が
おれたちは立ちあがるだろう、この土地のために
そして、おれたちの中にいる見知らぬ人(stranger)のために

 この曲を最初に歌詞付きのYouTubeで視聴した時、サビの「stranger」という箇所で胸を衝かれる思いがした。たしかにそうだ。この歌はミネアポリスのためだけでなく、アメリカの、そしてあらゆる「よそ者」のためにある。アメリカという国はトランプを選んだ国だが、こんな曲が即座にチャートの1位になる国でもあるのだ。
 ちなみに、ブルース・スプリングスティーンは、ヒット曲《Born in the USA》のおかげで愛国的なミュージシャンだと誤解されている節がある(実際、過去の大統領選で共和党陣営がこの曲を使い、スプリングスティーンが抗議して取り下げさせたこともある)。だが、ちゃんと歌詞を読めば分かるように、これはベトナム帰還兵の心情を歌った、いわば「アメリカに生まれちまった」という曲なのだ。もしも単に愛国的な曲だと思っていた方がいらしたら、騙されたと思って、彼が歌う動画を一度再生してみてほしい。驚異的な熱量で絞り出される声から、スプリングスティーンという人物が抱えこんだ運命、絶望、誇り、怒り、そしてやるせなさが伝わってくるだろう。しかも驚くべきことに、曲はたった2つのコード(!)で出来ている。ロック史に残る名曲というほかない――そしてわたしもまた、彼にならってBorn in Japanと口ずさむのだ。

《Streets of Menneapolis》
おおらかな曲調の中に底知れない怒りが詰め込まれている。スプリングスティーン兄貴は相変わらず健在だ

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