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文・安田和信(やすだ・かずのぶ)
桐朋学園大学准教授。同大学附属子供のための音楽教室鎌倉・横浜教室および富士教室室長。専門はW.A.モーツァルトを中心とした18世紀後半の西洋音楽史。『読売新聞』にてCD評、演奏会評を担当する。旧『レコード芸術』には1994年から執筆。
シュターミッツの生涯

ヨハン・ヴェンツェル・アントン・シュターミッツ[ヤン・ヴァーツラフ・アン卜ニーン・スタミツ]は、l717年にボヘミアはニェメッキー・プロト(現在のハヴリーチュクーフ・プロト)で生まれた。1728~34年に、イフラヴァにあるイエズス会のギムナジウムで本格的に音楽を学ぶ機会を得た後、41年にはマンハイム宮廷に就職した。宮廷楽団でのシュターミッツの出世はかなりのスピードであり、43年に第一ヴァイオリン奏者、45年(ないし46年)に楽師長、50年には新たに設けられた器楽監督となった。宮廷楽団自体も、カール・テーオドールが42年にプファルツ選帝侯となってからは、充実の一途を辿っているが、その中心的存在の一人がシュターミッツだったのである。
ヴァイオリン奏者、オーケストラ指揮者、そして器楽の作曲家としての名声は国外でも高まり、それに後押しされたのか、54~55年は休暇を得てバリ旅行を行なった。パリではコンセール・スピリチュエルなどに出演したほか、初めて自作品の出版(《3つのコンチェルタンテ声部のための6つのトリオ》作品1)をしている。帰国後2年も経たないうち、57年にマンハイムで亡くなってしまった。
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