特別企画

編集部員のひとりごと #2

ひとりごと2

「編集部員のひとりごと」は、このCDが広く世間に知られてほしい、こんな悩みを聞いてほしいなど、行き場のないモヤモヤを表明していく雑感開陳コーナーです。ぜひご笑覧ください。

「考察の時代」に「批評の場」でしごとをしている

 これは?と思い、気が付いたら手元にあった。先日に出版されたばかり、文芸評論家・三宅香帆さんの『考察する若者たち』(PHP新書)のこと。この本では、昭和・平成を批評、令和を考察の時代と位置づける。そして考察全盛のいまを徹底的に批評しながら、ものの見方の多様性が軽視されがちな現代だからこそ、自己の考えや感情をリスペクトする「批評」は必要だ!と訴える。三宅さんとほぼ同世代という理由もあるかもしれないけれど、「批評の場」を宣言する(参考記事:「『レコード芸術ONLINE』創刊にあたって」)レコード芸術ONLINEの編集をしているものとして、とても胸が熱くなったし、一方で「社会」への還元を目的とするあまり、事象が単純化されすぎじゃないかとも思った。今は冷静に読み返してみている。
 最近聴いていたCDに、ピアニスト・小川典子さんの『JUST FOR ME』(BIS)がある。菅原明朗や金井喜久子などなど、結構マニアックな日本人作品を集めて演奏したもので1997年リリース。まだ新品CDが買える。アルバムタイトルは最終トラックの坂本龍一《ぼく自身のために》から採られている。題が題だし、このコンセプト・アルバムを「批評をしているもの」として考察できるかもしれないと思った。レコ芸で真面目に考察をやったら、バズるんだろうか。(H.H.)

考察する若者たち

三宅香帆 著
〈発行:2025年11月〉
[PHP研究所]

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JUST FOR ME

小川典子(p)
〈録音:1996年12月〉
[BIS(D)BIS854(海外盤)]

「音の魔術師」健在! 2025年ベストコンサートは
デュトワ=N響の《ダフニスとクロエ》で決まり!

 シャルル・デュトワが8年ぶりにN響定期公演に登場した。前週(2025年11月8日・NHKホール)のホルスト《惑星》もすごかったが、14日のオール・ラヴェルプロ(《亡き王女のためのパヴァーヌ》、組曲《クープランの墓》、バレエ音楽《ダフニスとクロエ》)も名演だった。
 特にすばらしかったのは《ダフニス》で、シンフォニックなサウンドとN響が誇る名手たちの見事なソロを堪能。大編成の合唱(二期会合唱団82名[女声48名、男声34名])が入ったトゥッティでも、響きが混濁しないのが驚異的。デュトワのテンポ感は高齢になっても遅くならず、場面転換もスムーズ。ときどき唸り声を上げてオケを鼓舞していたのが印象的で、最後の《全員の踊り》では圧倒的な興奮を描き出した。熱狂的な拍手が止まず、ソロカーテンコールではデュトワがステージ前に押し寄せた聴衆と握手するシーンもあった。
 第21回レコードアカデミー賞(1983年)管弦楽曲部門を受賞している、モントリオール響との《ダフニス》を彷彿とさせる名演をライブで実現した「音の魔術師」デュトワの至芸、2025年のベストコンサートはこれで決まり!(T.O.)

ラヴェル:バレエ《ダフニスとクロエ》全曲

シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団,モントリオール交響合唱団
〈録音:1980年8月〉
[ユニバーサル(S)UCCS50370]

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ワーグナーが吹っ飛んで、イタリア・オペラ沼に連れていかれた

「この歌手に出会ったせいで人生つまずいた篇」第2回。世代的には(1987年にオペラ野次馬デビュー)かつての「三大テノール」ド真ん中なんだが、イマイチのめり込むことなく終わってしまった(もちろん三人をディスる気は毛頭ありませんので念のため)。と言うかワーグナー一辺倒だった当時はパヴァロッティもカレーラスも全く交わるところがなく、ドミンゴのワーグナーもピンとこず。そこでイタリア・オペラに縁はなかったものと踵を返しておけばよかったんだが、たまたま聴いた二人のテノールの向こうに、途轍もない世界が広がっているのを発見してしまった。アルフレード・クラウスジャンニ・ライモンディ。彼らのアクート(高音)を聴いた途端、ワーグナーが一瞬で吹き飛んだ。二人ともハイCはもちろんCisでさえ余裕がある。前者はよくインタヴューで、高音を安定させるコツを問われて「発声法に興味はない。役をどう演じるか、心情をどう表現するかだけに腐心している」と煙に巻いていたが、ならば言おう--イタリア(&フランス)オペラは声、声、声の世界。ひたすら輝かしい高音さえ響かせてくれれば、それ自体が芸術的表現。実を言うと、ここに挙げたオベールのオペラは未だに作品のあら筋さえよく分からないまま、ただただ彫琢された “神の声” の前にひれ伏すばかり。そしてライモンディのロドルフォ。困ったことにいつも第1幕のアリアと二重唱を溜め息つきつつ何度もリピートしてしまい、なかなか先に進めない。 (Y.F.)

Text:編集部

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