速報レポ特別企画
速報レポ

レクチャー・コンサート「ルバートの美学 Vol. 1」
〜ワルターの復元楽器で楽しむC. P. E. バッハ、モーツァルト〜

フォルテピアノを演奏した七條恵子、平井千絵

2025年7月30日開催、レクチャー・コンサート「ルバートの美学 Vol. 1」へ行って参りました。演奏家はなぜテンポに緩急を付けたり、タイミングをずらしたりするのでしょうか? C. P. E. バッハやモーツァルトなど、古典派作品のテンポ・ルバートの実践について、演奏とお話で迫りました。その模様を、ダイジェストでお伝えします。

復元されたフォルテピアノで、いかにルバートするか?

今回のイベントのチラシ(クリックすると拡大します)

アントン・ワルターが1795年頃に製作したフォルテ・ピアノの、復元モデルが使用された。太田垣至による復元である

 今回のイベントは、科研費課題「20世紀前半の歴史的演奏とピアノロールの演奏解析によるルバート奏法分析」の成果発表の1つとして開催された。プログラムの内容は次の通り。

プログラム

レクチャー・コンサート「ルバートの美学 Vol. 1」
〜ワルターの復元楽器で楽しむC.P.E. バッハ、モーツァルト〜

日時:2025年7月30日(水)18:30開演
会場:一橋大学 如水会100周年記念インテリジェントホール

第1部
◆演奏
M. クレメンティ:《デュエット》変ホ長調 Op.3-2 第1楽章[七條、平井]
◆お話
カール・ライネッケによるモーツァルト作品の演奏[鷲野]
◆演奏
W. A. モーツァルト:《ソナタ》ヘ長調 KV332[七條]

第2部
◆お話
鍵盤奏者は「ずらして」語る:記譜された音の弁論をいかに演じるか[上田]
◆演奏
C. P. E. バッハ:《ロンド》イ短調 Wq.56-5[平井]
C. P. E. バッハ:《ファンタジア》ハ短調 Wq.59-6[平井]
W. A. モーツァルト:《四手のためのソナタ》ヘ長調 KV497 第1楽章[七條、平井]

出演者
演奏:七條恵子、平井千絵(以上、フォルテピアノ)
お話:上田泰史(京都大学准教授)、鷲野彰子(福岡県立大学准教授)
司会:伊東信宏(大阪大学教授)

「ズレ」だらけなピアノ・ロールから読みとれるもの

 このイベントは七條恵子さんと平井千絵さんのクレメンティ作品の演奏で幕を開け、次いで鷲野彰子さんのお話が行われた。

鷲野 カール・ライネッケ(1824~1910)は、19世紀におけるモーツァルト演奏の大家として知られる人物です。彼がピアノ・ロールに残した演奏を聴くと、現代のモーツァルトとは大きく違って「ズレ」の多いものであることがわかります。ライネッケは生きていた当時、「古い演奏スタイルの流派に属する演奏家」と評されていました。モーツァルト自身も、これに近い演奏を行っていたと考えられます。

伊東信宏と、鷲野彰子

ライネッケによるモーツァルト《ソナタ》KV332 第1楽章~第2楽章のピアノ・ロール(RollaArtisのYouTube動画)

鷲野 現代の演奏界ではピリオド演奏が盛んですが、まだまだ拾い損ねているものがあるのではないか? その1つは「ルバート」なのではないか? そうした疑問が、このプロジェクトの出発点にありました。私は、ライネッケのピアノ・ロールからMIDIを作成して、音の入りやIOI(音と音の間の演奏時間)、右手と左手のズレなどに着目した分析を行いました。分析のなかで、和音の分散のさせかたや、右手、左手のニュアンス付けのために、いかに「ズレ」が生まれているかが分かってきました。

 第1部の最後、七條さんによるモーツァルトの《ソナタ》KV332は、さきほどのクレメンティとは違い、ルバートに耳を配って聴いた。ライネッケよりは「ズレ」が穏やかに聴こえる。演奏のあと、休憩をはさんで第2部へ。

モーツァルトが生きた時代の、暗黙の了解をヒントに

 上田泰史さんのお話は、鷲野さんとは別の切り口のものだった。

上田泰史と、七條恵子

上田 演奏家はそもそも、なぜルバートをしてきたのか? 音楽理論にはトピック論という考え方があります。トピックとは、ある文化圏において、作曲家・演奏家・聴き手のあいだで共通認識されている類型的要素のことです。たとえばモーツァルト《ファンタジア》KV397には、4つの要素「前奏曲・アリア・オーケストラ・レチタティーヴォ」を様式的に同定する研究があります。これら要素の違いを、ルバートを用いて効果的に表現することで、往時の音楽的戦略を再現できると考えられます。

 上田さんは《ファンタジア》の一部、アリア→オーケストラ→レチタティーヴォが急速に切り替わる12小節~28小節の譜例をスライドに出し、ここで加速、ここで減速、ここでずらす……といったアイディアを提示して、七條さんが応えて演奏を行った。たしかにクラシック音楽には、表現すべきだが記譜されていないことも多い。あるいは、作曲当時は記譜する必要がなかった、ともいえるかもしれない。その後は、平井千絵さんによるC. P. E. バッハ《ファンタジア》などの演奏があって、第2部も終了となった。

第2弾開催予定! まもなく七條さん、平井さんのコンサートも

 平日夜にもかかわらず、多くの来場者が集まった今回のイベント。第2回は、大阪での開催が予定されている。

レクチャー・コンサート「ルバートの美学 Vol. 2」
日時:2025年12月12日(金)17:30開演
会場:大阪大学会館(大阪府豊中市待兼山町1−13, 豊中キャンパス内) 

詳細はこちらから

 そしてまもなくの8月3日に、七條さん、平井さんのコンサートも開催予定。ご興味のある方は、ぜひ足を運んでほしい。

4手on63鍵〜18世紀のピアノで愉しむ、打ち解けたアンサンブル

4手on63鍵〜18世紀のピアノで愉しむ、打ち解けたアンサンブル
日時:2025年8月3日(日)17:30開演
会場:日本ホーリネス教団 東京中央教会
(東京都新宿区北新宿1丁目24−12) 

チケットはこちらから(teketのページ)

Text:編集部(H.H.)

【関連記事】
インタビュー|七條恵子に聞く フォルテピアノとモーツァルト、19世紀のこと
2025.04.04 投稿
七條恵子さんに、新譜『ある午後、ファン・スヴィーテン男爵のサロンより』についてインタビュー! 楽器や内容について伺うなかで、彼女のオーセンティシティ観など、興味深いお話も次々飛び出しました。聞き手は鷲野彰子さんです。

XCC720004


タイトルとURLをコピーしました