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「故郷を追われた人々」への想い
コパチンスカヤ「エグザイル」

ディスク情報

エグザイル
〔伝承曲:クギクリ(ケレン編),シュニトケ:チェロ・ソナタ第1番(メルケル編),モルドバ伝承曲:灰色の羽のカッコウよ,パヌフニク:ヴァイオリンと弦楽のための協奏曲,シューベルト:5つのメヌエットと6つのトリオ D89~ 第3番(コパチンスカヤ編),ヴィシネグラツキー(1893-1979):弦楽四重奏曲第2番,イザイ:逃亡者〕
パトリツィア・コパチンスカヤ(vn,指揮,歌)トーマス・カウフマン(vc),カメラータ・ベルン,ヴラド・ポペスク(歌)
〈録音: 2024年3月〉
[ALPHA(D)NYCX10503]
[ALPHA(D)ALPHA1110(海外盤)]

このディスクのみで作品として成立

鬼才コパチンスカヤが、音楽監督を務めるカメラータ・ベルンとその首席チェロ奏者トーマス・カウフマンと共に、「故郷を追われた、あるいはやむなく去った人々」をテーマに構成したアルバム。本来ウクライナとロシアに共通する民族楽器クギクリ(パンパイプ)で演奏される伝承曲の不安漂う音楽に始まり、旧ソ連に翻弄されてドイツで亡くなったシュニトケのチェロ・ソナタが何かをぶつけ何かを吐露するように奏され、コパチンスカヤの故郷モルドバの伝承曲が「永遠に根無し草だと感じている」という彼女の澄んだ声で歌われ、ポーランドから英国に亡命したパヌフニクの《ヴァイオリンと弦楽のための協奏曲》がシャープかつ張り詰めたソロで紡がれ、「内的亡命者」シューベルトの《5つのメヌエットと6つのトリオ》第3番がどこか孤独を感じさせ、帝政ロシアからパリに亡命したヴィシネグラツキーの弦楽四重奏曲第2番が四分音の効果を生かしながら凄絶に展開され、ベルギーから英国や米国に渡ったイザイ《逃亡者》の不穏さと望郷の念が交錯した音楽に至る。

「エグザイル=亡命者」のタイトルにまさしく相応しい本アルバムのメッセージは明白であろうし、現世を重ねることも容易だろう。終始緊張感を湛えた濃密かつ迫真的な演奏も、否応なしにそれを考えさせる。むろん、ヴァイオリン(ソロと室内楽)、指揮、歌、さらには編曲までこなしたコパチンスカヤの類い稀な音楽性に酔うことも可能だが、ここには、彼女が23年都響との共演(リゲティ《マカーブルの秘密》とヴァイオリン協奏曲)で示した鬼気迫る凄みが横溢している。これは音楽によるある種の提示もしくは問いかけだ。

そして感心させられるのが、24年12月に行なわれる当演奏陣の日本公演とプログラムが1曲も重なっていない点。すなわち本盤は“このCDのみで成立する1つの作品”なのだ。そこに、録音メディアの今後を示唆する大きな意義を感じてならない。

Photo: Marco Borggreve

柴田克彦 (音楽評論)

協力:ナクソス・ジャパン

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