世界初演からジャスト100年。演奏史の一里塚となった
記念碑的《トゥーランドット》録音がSACD化

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プッチーニ:歌劇《トゥーランドット》全曲

エーリヒ・ラインスドルフ指揮ローマ歌劇場o,同cho,ビルギット・ニルソン,レナータ・テバルディ(S)ユッシ・ビョルリング(T)ジョルジョ・トッツィ(Bs)他
〈録音:1959年7月〉
[RCA(S)SICC10491~2(2枚組)]SACDハイブリッド

※2026年4月22日(なお4月25日が世界初演当日)発売予定

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文=河野 典子 (音楽評論)

現代のオペラ上演に警鐘を鳴らす、一つの理想郷を示した名録音

1950年代のイタリアかニューヨークでこのオペラを観ることができたら……と、かなわぬ夢を持たずにはいられない。

1926年ミラノ・スカラ座での《トゥーランドット》世界初演の指揮をとったトスカニーニのアシスタント(ザルツブルク音楽祭などで)も務めた、ウィーン生まれの指揮者であるラインスドルフの抑制の効いた指揮は、イタリア音楽の特徴であるフレーズの長さは足らないし、まるで壮大な交響詩を聴いている気にもなるのだが、厳格な音楽作りが一つの世界観を成している。

歌唱面でも、現代の、ソプラノ・レッジェーロが平気でリウやミミを歌い、スピント系とはいえないテノールがカラフのようなドラマティックな役を、芯もなくただ大声を張り上げて歌うことがまかり通るようになってしまったオペラのあり方への、警鐘となっている。

ミキシングでいかようにも声を修正できてしまう現代とは違い、3トラックのテープに録音された素朴な音源が元だからこそ、歌手の歌唱テクニックがよくわかる。スウェーデンが生んだ二人の大歌手、タイトルロールのニルソンとカラフのビョルリングの歌唱は、ギュンと中身の詰まった強靭な声だ。高いポジションをキープして上から下まで均一な声で歌われていて、特にニルソンは一箇所も声を “太くして” は歌っていない。この難役においてそれが出来ているのは驚異的だ。「なんならこのまま《魔笛》の夜の女王のアリアでも歌ってみせましょうか?」と言わんばかり。外国人である彼女がおそらく猛勉強して得たであろう徹底して磨かれたイタリア語のディクションも実にクリア。

ビョルリングは、力まかせに “押して” 歌っているかのように聴こえる声だが、もしそうだったら声は劇場で走らずに散ってしまい、発声ポジションは下がり、音域によって音色にばらつき生じてしまっただろう。また “Nessun dorma” のNessunの語尾nの発音が恣意的に強く聴こえるものの、このnの処理の仕方は、現代ではほぼ行なわれなくなったが、1970年代のフランコ・コレッリの録音などでも聴かれるもので、そんなディテールにも伝統が聴き取れる。ティムール役のトッツィやピン、パン、ポンの3人のイタリア人歌手たちもラインスドルフの厳格な音楽の枠内で端正に歌っている。

さて、そうした中でリウのテバルディ(主要キャスト4人中、意外にも唯一のイタリア人)は「天使の声」と呼ばれた特別に美しい声ながら、ポルタメントの多用が悪目立ちしてしまっている。元より発声重視で表現に小回りが利かない彼女の歌だが、ここでのリウは、サクサク進むうねりのないラインスドルフの指揮に一人抵抗しているようにも聴こえる。こうした大歌手と指揮者との高次元での “駆け引き” は現代ではほとんど聴けなくなった、往年のオペラ録音の醍醐味の一つとも言える。


協力:ソニーミュージック

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