
HIPとは何だったのか?
特別企画シリーズ「カール・リヒターとアーノンクール」♪ 2026年に生誕100年を迎えるリヒターと、没後10年のアーノンクール、クラシック音楽演奏の新たな地平を拓いた2人の音楽家を深めます。
指揮者ニコラウス・アーノンクール(1929~2016)といえば古楽団体ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスを結成した、HIP(歴史的情報に基づく演奏)の代表格。古楽器を超えて、モダン楽器でのオーケストラ演奏に歴史的情報を取り入れる草分けであったことでも見逃せない人物です。そんな彼のアプローチは、モーツァルト、ベートーヴェンといったクラシック音楽の名曲群へビビッドな息吹を与え、2026年の今も強い影響を及ぼし続けています。
今回の記事では、アーノンクールのモーツァルト演奏をめぐるテキストを通して、形骸化しているとも思えるHIPの原点に迫ります。そこには、どのような理念があったのでしょうか? 矢澤孝樹さんの執筆です。
Text=矢澤孝樹(音楽評論)
HIPはここから始まった
編集部から与えられた「アーノンクールから始まるモダンHIP」というテーマは、「ベートーヴェンの交響曲についてその系譜を」というリクエストが付随している。そのことについて考えていたが、そのうちにそもそも「アーノンクールから始まるとされるモダンHIPとは何だったのか」を考えないと先に進めないという気がしてきた。まずはそこから始めたい。
HIP=Historically Informed Performance(歴史的情報に基づく演奏)。この用語が現れ定着していったのは1990年代後半である。用語化されるということは一定の演奏傾向の実例が集団として把握されるだけの数となってきたことを示しているので、それ以前からHIPはあったということになる。特に編集部が「モダンHIP」と規定しているように、本来HIPとはピリオド楽器演奏も包含するはずだ。だがHIPと言ったときに、たいてい連想されるのはモダン楽器に「歴史的情報」をチャージした演奏であり、現象としてわかりやすい例としてはヴィブラートの抑制や「明解な」アーティキュレーション、オーケストラの対抗配置、トランペットやティンパニなど一部楽器のピリオド化などが思い浮かぶ。
その起源は明確に定位できる。1975年からニコラウス・アーノンクールがアムステルダム(現ロイヤル)・コンセルトヘボウ管弦楽団(以下RCO)と始めた共同作業だ。それはまずJ.S.バッハ《マタイ受難曲》《ヨハネ受難曲》の演奏から始まり、続いてモーツァルトへと進んだ。
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