連載

【連載】プレルーディウム 第4回/舩木篤也

音楽評論家・舩木篤也氏の連載「プレルーディウム」。
プレルーディウム(Präludium)は、ドイツ語で「前奏曲」の意味。毎回あるディスク(音源)を端緒として、ときに音楽の枠を超えて自由に思索を巡らせる、毎月1日更新の注目連載です。
第4回は、コパチンスカヤ×カメラータ・ベルンによる、エグザイル=亡命と題する注目アルバムが登場します。

ディスク情報

エグザイル』
〔伝承曲:クギクリ(ケレン編),シュニトケ:チェロ・ソナタ第1番(メルケル編),モルドバ伝承曲:灰色の羽のカッコウよ,パヌフニク:ヴァイオリンと弦楽のための協奏曲,シューベルト:5つのメヌエットと6つのトリオ D89~ 第3番(コパチンスカヤ編),ヴィシネグラツキー(1893-1979):弦楽四重奏曲第2番,イザイ:逃亡者〕

パトリツィア・コパチンスカヤ(vn,指揮,歌)トーマス・カウフマン(vc),カメラータ・ベルン,ヴラド・ポペスク(歌)
〈録音:2024年3月〉
[ALPHA(D)NYCX10503]
[ALPHA(D)ALPHA1110(海外盤)]

故郷的に非ず

鳥と同じように、音楽も抑制することはできないし、
「故郷に強制送還」することもできない。
聴いたものは伝播するが、つねに違う形で伝わっていく。
――パトリツィア・コパチンスカヤ(後藤菜穂子・訳)

 去る年の瀬に、私としては初めての単著を、音楽之友社より上梓した。タイトルを『三月一一日のシューベルト 音楽批評の試み』という。旧『レコード芸術』の連載「コントラプンクテ 音楽の日月」(2020年1月号~2023年7月号)を単行本にしたもので、全22章はどれも読み切りのかたちをとっている。話の対象には、シューベルトだけでなく、バッハやブルックナーもあれば、ディーリアスやヴァレーズもある。
 これら各章を、どんな字組でレイアウトするか。紙はどれを使うか。表紙の次にくる「見返し」は? 装幀は? 私自身は、書体に精興社のものを希望し、推薦文を誰に依頼するか決めただけで、あとは全部、音楽之友社の野村瑶子さんが考え、作ってくれた。ブックデザインの仕事を公にするのは初めてとのことだったが、そのセンスに魅かれ、「ぜひに」とお願いしてあったのだ。そして、野村さんと私の間をなんども往き来して、細かい調整に応じてくれたのが、この本の編集者であり連載時の担当者であった田中基裕さんである。田中さんは帯裏のキャッチフレーズ[編注:──「対旋律」が、揺さぶる]も考えてくださった。お二人には、たくさんの我がままを聞いて頂いたが、結果、ほんとうに美しい本になった。できるだけ多くの人に手に取って頂きたいと思っている。

三月一一日のシューベルト_書影

舩木篤也 著
ISBN
978-4-276-21014-1 C1073
定価(本体2,600円+税) 音楽之友社

2024年12月25日より全国で順次発売

「対旋律が揺さぶる――」。月刊誌『レコード芸術』に2020年1月号から23年7月号(休刊号)まで、22回にわたって連載され圧倒的な支持を得た連載「コントラプンクテ 音楽の日月」に大幅に加筆、書名を変更しての単行本化。「音楽」からの視点と、「音楽とは異なる世界」からの視点を交差させることで、あたかも対旋律が主旋律を引き立てるが如く、音楽の新たな魅力や人生の味わい、世界への問題意識が浮かびあがります。表題タイトルの章の他、「マーラー×緊急事態宣言」、「バッハ×させていただく」、「ワーグナー×川上未映子」等、意外性と刺激に満ちた音楽批評が展開。

目次
1 了解と戦いと ヴァレーズ《砂漠》の初演に思う
2 メメント・モリ ブラームスと永続性
3 シュプレッヒゲザングの人 若尾文子讚
4 ディオニュソスは終わらない マーラーの『ヴェニスに死す』
5 遺構としての音楽 ヴィトマンのオラトリオ《箱舟》
6 「隣り」という視座 ヒロシマにどう参画するか
7 春の句読点 一葉とシューマン
8 抱かれてあれ、もろ人よ! 《第九》を歌い続けるとき
9 雲雀の音楽 原民喜のために
10 ノイエ・ザッハリカイトの系譜 ブロースフェルトとヤノフスキ
11 「演奏」の生まれるとき 橋本愛の挑戦
12 いのちのはてのうすあかり 酒の歌、大地の歌
13 曼荼羅と楽園と ディーリアスからスミスの水俣へ
14 自分の行く道 ギュンター・ヴァント没後二〇年に
15 三月一一日のシューベルト 「途方もなさ」について
16 川上未映子のワーグナー 《パルジファル》としての『ヘヴン』
17 本当はこわいブルックナー? 第四交響曲・初稿の衝撃
18 「女学生」の思い出 あるいは、誤訳の効用
19 アインシュタインはどこにいる? ふたつの《浜辺のアインシュタイン》
20 違和感のゆくえ バッハのフェルマータに思う
21 コパチンスカヤの方法論 どうして暗譜で弾かないか
22 とんぼの眼鏡で オトマール・スウィトナーと私
あとがき

 ──と、喜びのあまり、年頭そうそう自慢話のようになってしまったが、自著に触れたのには、ほかにもわけがある。本ができてから、ハタと思い当たることがあったのだ。きっかけは、パトリツィア・コパチンスカヤが新しく出したアルバム『エグザイル』にある。
 いまになってみると、連載で私は、音楽と「災い」について頻繁に書いていたことが分かる。疫病、戦争、自然が起こす/人間が起こす災害、等々。それらを背景に、あるいは前景にして、あれこれと音楽を考えたのだ。単行本のタイトルを、「コントラプンクテ」とせず、第15章「三月一一日のシューベルト」からとったのも、そのためだ。
 けれども、エグザイル、すなわち亡命についてはどうだったろう? なるほど、シェーンベルクやアインシュタインといった亡命者の名は出てくる。しかし、やむなく祖国を離れるという事態、「災いとしての亡命」について、真正面から扱った章はない。それに対する想像力が、私には欠けていたということだろうか?

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