週刊フィッシャー=ディースカウ連載
【生誕100年 特別連載】金曜夜はDFDの銘盤を。

『週刊フィッシャー=ディースカウ』
Nr.22《天地創造》《四季》他

週刊フィッシャー=ディースカウ修正

今年2025年は、ドイツの名バリトン、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(1925.5.28~2012.5.18)[文中、DFDと略記]の生誕100周年アニバーサリー。ドイツ・リートをメインに、オペラ、宗教曲にも膨大な録音を遺した彼の、いずれも第一級の芸術品を、季節に合わせたテーマに沿って、吉田真氏(ドイツ文学・音楽評論)のナビゲートで毎週紹介しています。前回までの夏の “モーツァルト祭り” に続いて、その師匠格ハイドンのオラトリオと歌曲を取り上げます。《天地創造》《四季》いずれもモーツァルト没後の作品で、この二大オラトリオをもってDFDの “古典派時代” の締め括りといたします。

バス・パートも果敢に歌い、抜群のレチタティーヴォを聴かせる

文=吉田 真

————–ここまで無料公開————–

ハイドンの声楽曲では《天地創造》と《四季》というオラトリオの大作がある。日本ではさほど演奏されていない印象だが、録音の数は極めて多く、特にカラヤンは《天地創造》を得意にしていて、ザルツブルク祝祭で1965年と82年にウィーン・フィルと演奏し、どちらもドイツ・グラモフォンからCD化されている。しかし一番有名なのは同じドイツ・グラモフォンのスタジオ録音で、こちらにDFDが参加している(この録音はベルリン・フィルとウィーン楽友協会合唱団による演奏だが、収録中の1966年にフリッツ・ヴンダーリヒが急逝したため、68年と69年にヴェルナー・クレンの代役で補填して完成に至ったといういわく付きのもの)。

《天地創造》のソリストは、バス、テノール、ソプラノの3名で全パートを分担することが多いのだが、このカラヤンの録音では、第1部と第2部に登場する天使ラファエル(バス)と第3部に登場する人間アダム(バリトン)を別の歌手に担当させ、1曲だけのアルト・ソロにクリスタ・ルートヴィヒと起用するという贅沢ぶりである。ここではラファエルをヴァルター・ベリー、アダムをDFDが歌っている(前年のザルツブルク祝祭ライヴ盤はキム・ボルイとヘルマン・プライ)。相手役のイヴが、表情をあまり強く出さないグンドゥラ・ヤノヴィッツということもあってか、DFDも “最初の人類” としてはいくぶん人間味を抑えた歌いぶりと言えるだろう。

DFDは1980年にネヴィル・マリナー指揮による《天地創造》と《四季》のスタジオ録音[Philips]に参加した。《天地創造》では、今度はラファエルとアダムの兼任である。バスのラファエルのアリアではDFDも低音域の不足を感じさせるが、その代わりレチタティーヴォの語り口の上手さは抜群。アダムと《四季》のジーモンでは、いずれも快活で愛嬌のあるソプラノのエディト・マティス(ガブリエルとイヴ、およびハンネ)が共演している影響は大きく、DFDも溌溂とした歌唱を聴かせている。テノール・パートは、前者がブラジル出身のアルド・バルディン(ウリエル)、後者はヘルデンテノールとして知られるジークフリート・イェルザレム(ルーカス)で、少々意外な人選だが、共に持ち味を発揮して成功している。

あまり演奏機会は多くないが、ハイドンには歌曲やオペラの作曲もあり、DFDは1959年にジェラルド・ムーアと18曲の歌曲[旧EMI/現Warner]、61年にカール・エンゲルと4曲の民謡[ドイツ・グラモフォン]、69年に4曲のオペラ・アリア[デッカ]を録音している。また、67年のジェラルド・ムーアのフェアウェル・コンサートで、シュヴァルツコップ、ロス・アンヘレスと共に歌った2曲の三重唱曲のライヴ録音[旧EMI/現Warner]もある。ムーアとスタジオ録音した18曲の歌曲には、現在ではハイドン作とはされていない《別れの歌》のほか、7曲の英語の歌曲も含まれている。ドイツ・リート確立以前の時代だけに、有名詩人は《怠け者の賞賛》のレッシングぐらいしかいないが、ハイドン作曲の歌曲はどれも親しみやすい作品ばかりで、これらの曲を力むことなく自然体で歌ったDFDの録音が遺されたのは幸いなことだった。

本文冒頭のメイン写真は、1959年録音ジェラルド・ムーア共演の「ハイドン歌曲集」LP[旧EMI]で「モノラル」の表記(5月リリース「ワーナークラシックス DFDリート&歌曲 HMV, Electrola, Teldec & Erato録音全集」ではステレオ)。上左:1966~69年録音カラヤン指揮ベルリン・フィル《天地創造》[DG]、中央と右:1980年マリナー指揮アカデミー室内管《天地創造》と《四季》[Philips]。以上のジャケット写真のディスクには現在入手困難なものも含まれます。 (編集部)

吉田 真(よしだ・まこと)

慶應義塾大学大学院文学研究科独文学専攻博士課程単位取得。明治学院大学教授、慶應義塾大学講師、日本大学芸術学部講師。専門はドイツ文学、特にワーグナー研究。著書『作曲家・人と作品ワーグナー』(音楽之友社)、『バイロイト祝祭の黄金時代』(アルファベータブックス)、共訳書『ワーグナー王朝』(音楽之友社)、監訳書『ヒトラーとバイロイト音楽祭』(アルファベータ)など。他に音楽雑誌、オペラの公演プログラム等への寄稿多数。

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