武満徹から「今までに聴いたことがないようなギタリスト」と評され、そのギター作品に対して特別な敬愛をもって取り組んでいる鈴木大介が、作曲家の没後30年を記念して新作CDをリリース。武満徹とのかかわりや、このアルバムの制作背景などを寄稿してもらいました。内容分量共に非常に充実しており、2回に分けて掲載します。

鈴木大介、岩佐和弘/海へ
〔武満 徹:さようなら/見えないこども/明日ハ晴レカナ曇リカナ/◯と△の歌/波の盆/今朝の秋/燃える秋/『他人の顔』~ワルツ/三月のうた/おはよう! テキサス/島へ/海へ/『サクリファイス』からの断章(『瘋癲老人日記』の音楽)/エアー〕
鈴木大介(ギター)、岩佐和弘(フルート)
録音:2025年10月22,23日
[アールアンフィニ MECO1087] SACDハイブリッド
【試聴・購入はこちら】
Text&写真=鈴木大介
今年2026年の2月20日は、武満徹さんの没後30年の日に当たります。武満さんの音楽に共感し魅了された学生時代は別として、演奏家としての武満さんの作品との関わりが始まったのは、彼の死が訪れるわずか4ヶ⽉前のことなので、亡くなられてからの年月はそのまま、私が専門的な職業分野として武満さんの作品を演奏してきた年数でもあります。アルバム『海へ』は、30年後の私に訪れた様々な出会いや、発見を集めた作品です。そこには、いまだに武満さんの音楽からもたらされる新鮮な驚きと喜び、そして忘れ去られるべきではない、人間の外交的な開かれた生き方への武満さんの想いがつめこまれています。今回はその中で私がライフワークとしても取り組んでいる、武満さんのドラマや映画のための音楽のギターへの編曲について、その経緯を追って書かせていただきます。
1995 年の晩秋に作曲家の武満徹さんからご⾃⾝のギター作品を全て録⾳してほしいと仰せつかってからほどなく、彼が遠い世界に去ってしまわれてのち、私の武満さんの音楽への無限の探究が始まりました。ギター関連作品のスコアを読み解くために、武満さんが同時期に書いた他のコンサート・ピースはもとより、携わった付随音楽などを紐解くことで、武満さんの実像に少しでも近づこうという試みは、言ってみればバッハやシューベルト、その他の多くの作曲家へのアプローチと大きな変わりはありません。しかしながら、私は武満さんのご家族や多くのご友人に囲まれ、励ましていただきながら演奏家としての時を重ね、様々な場所で武満さんの音楽を演奏し、また、彼の肉筆を辿りながら編曲をさせていただく機会をたくさんいただきながら年月を過ごしてきました。武満さんがいらしたであろう「空気」のなかに少なからず身を置けた、ことは、私にとって、武満さんの音楽を、他の全ての作曲家の音楽とは明らかに異なった、特別なものにしているのです。

1999年2月20日 東京オペラシティ タケミツ メモリアルでの終演後
この“編曲”という、おこがましくも身に余る行為に踏み切ったのは、1999年、まだ私が 28歳の頃です。東京オペラシティのタケミツ メモリアルというホールで、2月20日のご命日にコンサートをさせていただくことになり─これも若輩の身には恐れ多いことでしたが─ゲストで出演してくださったジャズ・ギタリストの渡辺香津美さんと一緒に演奏するために、武満さんが書いたポピュラー・ソングと映画音楽のいくつかをギター・デュオにアレンジしたのです。調べてみると、映画やドラマの付随音楽においては、武満さんはまるで世界中の料理を上手に作れてしまうシェフのようでした。コンサート用の作品の、彼自身のアイデンティティに根差した厳しく屹立する独自の世界とはうってかわって、楽しみと好奇心と、豊富な技量によって展開される変幻自在な音楽がそこにはありました。
私は武満さんの映画音楽やポピュラー・ソングの世界に心をうばわれ、好きな曲を見つけてはギターで爪弾いてみたりしていましたが、武満さんのジャズやポピュラー音楽への深いスキルをギターで表現するほどに咀嚼することは、当時の私には到底不可能でした。そこで手始めに、武満さんではなくて、エンニオ・モリコーネやヘンリー・マンシーニといった映画音楽の巨匠たちの作品を勉強してギターにアレンジしてみたり、ジャズの現場で活躍する先輩たちとライヴで弾く曲を作ってみたり、試行錯誤の日々を過ごしました。その間にも、ニューヨークで当時カサンドラ・ウィルソンのバンドのディレクションをしていたブランドン・ロスさん、その盟友の武石務さんと一緒に武満さんの映画音楽のカヴァー集を録音したり、サイトウ・キネン・フェスティバル松本(当時)の武満徹メモリアルコンサートや、ハープの篠崎史子さんのコンサートのために、武満さんの映画音楽を室内楽にアレンジしたりさせてもらう経験を積みました。また、武満さんのお嬢さんの眞樹さんのプロデュースで、香津美さん、アコーディオンのcobaさん、パーカッションのヤヒロトモヒロさんと 4 人編成のバンドで武満さんの映画音楽をカヴァーするプログラムは、国内のみならず、ワシントンD.C.やニューヨーク、その他多くの都市でたくさんのお客様に聴いていただくことができました。

2008年2月 ワシントンDCのリンカーンセンターにて
そのような形で1999年のスタートから20年ほどの現場体験を経たのち、だんだんと武満さんの映画音楽のギター用のアレンジを、アドリブなどを混えない固定された形の楽譜として定着させられるようになり、2021 年にはショット・ミュージックから、<武満徹 ギター独奏/二重奏のための映画とテレビ・ドラマのための音楽 鈴木大介による編曲作品集>という楽譜集を出版していただきました。
この編曲集には、武満さんの自筆譜を確認できた上でギター版を作成したものしか所収していません。『黑い雨』の音楽のスコアは2種類あり、弦楽器のざわめきなどの音楽の表情がそのまま絵画のように読み取れる武満さん本人によるものと、実際の演奏に際して響きが濁らず、最大限の効果を発揮するような技法をもって隅々まで整理・浄書された池辺晋一郎先生によるものがあり、それらを見比べる事ができたのも貴重な学びでした。『燃える秋』は、映画公開当時から人気だったメインテーマの部分だけがオーケストラのスコアから失われておりましたが、武満さん自身によってこのメインテーマは珍しくもピアノ伴奏譜が書かれていましたので、映画に出てくるそれぞれの楽器のパートを精緻に書き込んだタンゴや、他のブリッジの部分と一緒にピアノ版のメインテーマを生かして編曲しました。その他の作品も、なるべくギターが小さなオーケストラとなって武満さんのオーケストレーションを垣間見せることを目標にアレンジしてあります。2020年からのパンデミックの折、この楽譜集に所収された二重奏作品のほとんどは、楽譜の校正も手伝ってくださったギタリストの小暮浩史さんとの演奏を録画し、YouTube にアップしてあります。

『燃える秋』のM5のタンゴでは各パートが細かく書き込まれている
今回のアルバム『海へ』に収録された4曲は、出版された楽譜集の独奏用の編曲を全て、出版譜通りに演奏したものです。〈今朝の秋〉では、原曲でもギターで奏でられる美しいアルペッジョが、同じ時期に作曲されたギター独奏作品〈すべては薄明のなかで〉を予感させます。

『今朝の秋』自筆譜
〈波の盆〉は武満さんが書いた中でもっともよく知られているメロディーですが、イントロダクションや随所のハーモニーに、武満さんの真骨頂とも言えるコード理論への含蓄ある理解が聴こえてきます。〈燃える秋〉は上記のようなアレンジの手順でしたが、冒頭のタンゴの手稿譜には、演奏家になりかわった武満さんの情熱が溢れています。〈ワルツ〜『他人の顔』〉は、武満さんの奥様の浅香さんのために演奏することが多かった、私にとっても思い出の作品で、後半、ギターの激しいディヴィジョンの部分は、出版した編曲の中で唯一私が武満さんの弦楽オーケストラの編曲に見られるアイデアをもとに再構築した部分です。

また、アルバム冒頭に収録した4曲の武満さんによって書かれた“うた”は、武満さんご自身による合唱への編曲に聴かれるハーモナイズや、武満さんの手稿譜の中で見つけたオーケストレーションをもとに今回新たに編曲したものです。ここにきてようやく、私は私なりに武満さんの“うた”をどのようにしてギターで表現すべきかということに、はっきりとした輪郭のあるヴィジョンを抱くようになりました。武満さんにとって、“うた”は開かれた生き方の象徴でした。ʻ強制ʼするのではなくて、音楽が呼びかけることのできる自由や敬愛を基盤としたʻ共生ʼとでも言うべきつながりへの願いがそこにあったのかもしれません。次回は、今回新たに発見されて収録した〈おはよう!テキサス〉や私にとって特別な歌である〈三月のうた〉、そしてアルバムの共演者以上の存在として私が尊敬しているフルートの岩佐さんやレコーディングのエピソードなどを中心に書かせていただきます。(続く)


鈴木大介、岩佐和弘/海へ
〔武満 徹:さようなら/見えないこども/明日ハ晴レカナ曇リカナ/◯と△の歌/波の盆/今朝の秋/燃える秋/『他人の顔』~ワルツ/三月のうた/おはよう! テキサス/島へ/海へ/『サクリファイス』からの断章(『瘋癲老人日記』の音楽)/エアー〕
鈴木大介(ギター)、岩佐和弘(フルート)
録音:2025年10月22,23日
[アールアンフィニ MECO1087] SACDハイブリッド
【試聴・購入はこちら】
企画・制作:ナクソス・ジャパン

